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ルノワール+ルノワール展~映画篇 [ART]

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 印象派絵画の巨匠、ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)の息子で20世紀のフランスで最も優れた映画監督の内の1人に挙げられるジャン・ルノワール(1894-1952)。彼は「映像」と云う、父とは異なった芸術の道を歩みながら、偉大なるその影響を隠すことなく自身の作品の中にオマージュとして取り込んでいる。その父の芸術に対する息子の思いを、彼ら親子の作品を比較することで紐解いてみよう、彼がどんなシーンで、どんな父の作品をイメージしていたかを検証してみようと云う興味深い展覧会が、渋谷の東急Bunkamuraで開催されている。フランス映画に詳しいかそうでないかは兎も角、今回展示される絵画はパリのオルセー美術館監修に依る選りすぐりのルノワール50点。代表作の『陽光の中の裸婦』、『ぶらんこ』などは是非にも見逃せない作品と云っていいだろう。

(※会期5月6日(火)まで。なお開催期間中は無休)




 僕は、好きではあるけど、取り立てて熱心な映画ファンと云うわけではない。だからあまり古い映画、それも今から60年も70年も前の作品だなんて、ほとんど観たことがない。

ジャン・ルノワール.jpg それ故に、当然映画監督のジャン・ルノワールについてのあれこれなど、詳しいことは何も知らない。僕が彼に持っているイメージの全ては、以前に読んだ、ジュリー・マネ(ベルト・モリゾの娘にしてマネの姪)の日記に出てくる幼い子供の頃のジャンについての記述と、その頃の彼を描いた父ピエール=オーギュスト・ルノワール作の幾つかの肖像画からのみで成り立っている、ひどく頼り無いもの。このままでは到底、ジャンの視線で彼の偉大なる父の作品を・・・と云う、この展覧会の基本テーマに沿っての鑑賞はおぼつかない。ただ単に絵画を観るだけの、「普通」のルノワール展になってしまうのは火を見るより明らかなのだ。

 それが予め自分で判っているのなら、多少は何とかしなくちゃね(^^;。

 そんな分けで、それなりにこの展覧会を愉しみたかったら、行く前に少しは予習をしておこうと、僕はジャンの映画をせめて2本は観てから出掛けようと考えた。それと云うのも、ラッキーなことにスカパー!の260ch・洋画シネフィル・イマジカが展覧会に合わせて「フレンチ・カンカン」「ピクニック」を3月中に何度かリピート放映してくれることを事前に知ることが出来たのだ。前者は以前にも一度観た作品だが、後者は日本テレビで放送された展覧会関連番組『2人の天才が愛した女性たち』(08年2月11日)の中でも、ジャンと父の作品の関連を探る上で重要な1本として紹介されていたので、是非観てみたいと考えていたもの。映画の内容そのものは勿論のこと、息子ジャンの映像に織り込まれた父オーギュストの作品の面影を、どれだけ僕に見つけられるだろうか。ちょっと面白い映画鑑賞になりそうだ。
(※以下、このページでは父オーギュスト・ルノワールを指してルノワール、息子ジャンはそのままジャンと表記致します。)


[CD]“フレンチ・カンカン”

French Cancan.jpg


◆フレンチ・カンカン(French Cancan) 1954年

 監督、脚本、台詞 / ジャン・ルノワール
 出演者 / ジャン・ギャバン、フランソワーズ・アルヌール
 音楽 / ジョルジュ・ヴァン・パリス
 製作国 / フランス・イタリア

 第2次対戦中にアメリカに亡命していたジャンは終戦後10年経ってようやくフランスへ戻り、復帰後初めて制作したのがこの作品。モンマルトルに現存するベル・エポックの象徴的カフェ、ムーラン・ルージュの開店物語を歌と踊り(フレンチ・カンカン)で賑々しくミュージカル仕立てにしたものだが、話の原案は創作中心であり、1952年に先だって公開され評判を取った『赤い風車』(こちらはロートレックの生涯をある程度事実に沿って描いたもの)の成功が念頭にあっての作品制作だったと云われている。

 名優ジャン・ギャバンがムーラン・ルージュを誕生させる主人公ダングラールを演じ、彼に抜擢されるヒロインの踊り子ニニには当時アイドル的人気を誇ったフランソワーズ・アルヌール。ダングラールは当然実在の人物であるシャルル・ジドレールに当て嵌められるのだろうが、彼についてのことは何も知らないので、本作品の原案がどの程度真実に沿っているかは僕には定かでない。ニニがモンマルトルの洗濯屋の娘と云うのは、実際の人物像は別として誰でもラ・グリュを連想するだろうし、異教の国の公子が登場する辺りは、ロートレックのポスターに惹かれて実際に来店したという英国皇太子を思わせる設定だ。

ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で.jpg
◆ピエール=オーギュスト・ルノワール / 『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で』(1876)
ロシア・プーシキン美術館蔵

 

ルノワール_霧の館.jpg ビデオに録画し2度程観てみたのだが、この映画のシーンから僕が直接思い起こすルノワールの絵画は残念ながら見つけられなかった。どうも僕にはムーラン・ルージュ=ロートレックと云う刷り込みが強すぎるようで、思うにルノワールを探すより、今回も結局はロートレックと関連する「何か」を追って観てしまっていたようだ。

 ただ、この映画のモンマルトルと云う舞台は、父ルノワールが「霧の館シャトー」(写真右)と呼ばれたアトリエを構え暮らした所であり、幾つかの代表作に描かれたムーラン・ド・ラ・ギャレットもここに在った。ジャンにとっては殊の外思い入れが深い場所なのだろう、スタジオ・セットではあるがモンマルトルの坂、丘の上の風景描写に拘っているのがよく分かる。また、リア・メンデル演じる歌手エステルが素晴らしい喉を披露する劇中歌の“モンマルトルの丘”では自ら作詞も手掛けている。

 「ルノワール」と云う名前に拘らずとも、19世紀末のパリの街に壮大なエンターテインメントを展開する、まるで「劇場」のようなカフェが突如出現する様子を見るのはなかなかに痛快で面白い。アクロバティックなカンカンが陽気に賑やかに披露される、記念すべき“こけら落とし”の舞台のラストは圧巻!。




[CD]“ピクニック”

Une Partie de Campagne.jpg


◆ピクニック(Une Partie de Campgne) 1936年

 原作 / ギー・ド・モーパッサン
 脚本、台詞 / ジャン・ルノワール(※監督としては完成させられず)
 撮影 / クロード・ルノワール
 編集 / マグリット・ウーレ=ルノワール
 出演者 / シルヴィア・バタイユ(アンリエット)、ジョルジュ・ダルヌー(アンリ)
 音楽 / ジョセフ・コスマ
 製作 / ピエール・ブロンベルジェ


 この展覧会の解説に拠る評価では、ジャンの作品中屈指の自然描写を以て描かれた39分の中篇の名作で、まさに「フィルムによる印象主義」とまで謳われている。確かに、モーパッサンの原作をベースにルノワールやモネが描いた川辺や野遊びを丁寧に描いていて映像としては見るべきものが有る。しかし、演出やストーリーを含めた総合芸術の映画としては・・・。

 実際この映画はジャンにとっては監督として完成させられなかった作品で、長雨などの悪天候で長期化した上、撮影中に主演のバタイユとジャンの関係が悪化するなど踏んだり蹴ったり。終いにはスケジュールの関係でジャンは役目を投げ出し、次作『どん底』の撮影に入ってしまったのだ。これを制作のピエール・ブロンベルジェが惜しいと思い奔走し、様々な困難(彼はユダヤ人であり、戦時中ナチスのユダヤ人収容所に入れられながらも脱走した!)に遭いながらも10年後の1946年になんとか完成させたものなんだそうだ。しかし、普通の長篇作を構想していたものが、やむを得ず39分しか撮れなかったのは覆い隠しようもない事実で、話はなんとか繋がり辻褄は合っているものの、この作品を観て「さすがはモーパッサン原作の文芸作品!」とは感心し辛い。

 都会人は田舎遊びがお好き、と云うテーマは当然、父オーギュストやその仲間たちのマネ、モネに対する賛辞として取り扱われていて「都会の人間は「草の上の昼食」が好きだからな」なんてあからさまなセリフが書かれていたりするのはご愛敬(^^。なお、川辺のレストランの親父としてヨモギのオムレツをサーヴしているのはジャン・ルノワールその人。

マネ草の上の昼食.JPG◆エドゥアール・マネ / 『草上の昼食』(1863)
パリ・オルセー美術館蔵




 結局この映画の最高の見どころは、DVDのパッケージや展覧会のTVCFでも使用され、ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で描かれた『ぶらんこ』を想起させるシーンなのではないだろうか。アンリエット役のシルヴィア・バタイユが、都会人が田舎の美しい自然の中で感じる非日常の喜びを素晴らしい表情で演じている。しかし、それも彼女の家族の喜劇めいた台詞まわし(敬愛していたチャップリンの影響?)や母親役の女優のキンキン声ばかりが耳につく前後の演出で感激も薄れてしまったのは僕だけだろうか。まぁ、これは単に好みの問題であるのかもしれないけれど・・・。

ぶらんこ.JPG
◆『ぶらんこ』(1876) パリ・オルセー美術館蔵
「ルノワール+ルノワール」展示作品



 最後に、ここでは余談になるが、この作品では後の巨匠と呼ばれる若者2人が助監督を務めている。1人はモディリアーニの人生を描いた『モンパルナスの灯』の監督、ジャック・ベッケル。もう1人は『郵便配達は2度ベルを鳴らす』、『山猫』で知られるルキノ・ヴィスコンティ

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TaekoLovesParis

この展覧会に行ったけれど、映画はちゃんと見てない(見たけど忘れた)私には興味深い記事でした。
どのシーンが使われているのかな、って探しながら見るのは、目的があって、
楽しい見方ですね。

ジャンは戦後10年間アメリカに亡命、ということは、ジャンがフランスに帰ってくるかどうかわからなかったから、ブロンベルジェが「ピクニック」を完成させたんでしょうね。収容所から脱走とは並々ならぬ強い意志の人だったんですね。
ピクニックは、「これぞ映画」のように淀川長治がいつもほめていたので、名画座で学生時代に見たんですよ。「大いなる幻影」との2本立てでした。
ジャン本人が出ているとは、、もう一度みてみたいです。
<都会の人間は「草の上の昼食」が好きだからな>
→これ、モーパッサンらしい皮肉なせりふですね(笑)

「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの庭で」という絵、左の女の子が後ろ向きというのがおもしろい構図ですね。女の子の動きが伝わってきます。着ているドレスが
オルセーの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の中央の女の子の服に似ていませんか?
この間、ロートレックのDVDを見たので、「フレンチカンカン」に親しみがわきそうです。連休の時に某有名店で探してみよう。





by TaekoLovesParis (2008-04-20 03:06) 

yk2

taekoさん、す~んごく夜更かしな時間にコメント頂き恐縮です(^^。

ジャンが戦中に亡命した経緯はよく知らないのですが、戦後もしばらく帰れなかったってことは、何らかの理由があったんでしょうね。帰国後初めて撮ったのが54年の『フレンチ・カンカン』ですから、『ピクニック』が仕上げられてまだ8年も後のこと。政治的なことだったのかな???。

きっとこのへんのことは展覧会図録の解説を全部読めば判るのでしょうけど・・・(苦笑)。→買ってはあるものの、まだきちんと読んでません(^^;

>これ、モーパッサンらしい皮肉なせりふですね(笑)

父ルノワールやモネの若い頃、鉄道の開通で、パリの人々の時間と距離の概念の変わり様は、現代人には計り知れない衝撃だったからこそ、「ピクニック」や小旅行が大ブームになったのでしょうが、冷めた人はいつの時代にも、ってことですね(笑)。

でもね、ルノワールも自動車や鉄道を含めた機械文明をとても嫌っていたんですって。速く動いたからって、それが一体なんの役に立つんだ!、このままでは人はいつか機械に征服されてしまう!!って。
でもね、そのルノワールの考え方は、自分が自転車で転んで腕を折ったのが理由なんじゃないかしら?、とはジュリー・マネ19歳のルノワール分析(笑)。

ムーラン・ド・ラ・ギャレットはこの絵や「ぶらんこ」も含めて連作のようなイメージですね。「舞踏会」の絵はこの記事の続きの絵画篇で使います(^^。

「フレンチ・カンカン」はベル・エポックのパリに興味がある人なら楽しめますよね~。『葡萄酒色の人生』ではカンカンがメインではないので、こちらの方が華やかさでは勝ってますね。ついでにホセ・ファーラーの「赤い風車」も見比べると、対極的にさらに楽しいです。あちらは結構「暗い」ですから(苦笑)。

by yk2 (2008-04-20 10:44) 

julliez

亡命の経緯とかあーだこーだをアトリエのおばちゃんにガッツリ教えていただいたはずなんですが、当時夏休み前で試験を控えていたので全部忘却の彼方です。
ついでに告白すると何を勉強していたのかすら思い出せません。
(ノω=;)。。。
多分あの時は泡の化学的な分析に追われていて泣きそうだったので気分転換でアトリエのウラの絶景ベンチで昼寝でもしてやろうと思っていてのですが、しっかり捕まって延々2時間位つき合わされたのを思い出しました。

いまならもう少し心に余裕があるんですが・・・。
今更おばちゃんに聞けないからまたここで発表していただくのを心待ちにしています。
だってまた長話に付き合わされるから・・・。
by julliez (2008-04-21 04:06) 

Inatimy

またもや、長いコメントの後で、プレッシャー感じます・・・。
この展覧会で「ぶらんこ」の女性のリカちゃん人形が販売されるというのが、
私にはビックリでした。
(サイトで見たら、微妙に前についてる青いリボンの数が少ないですが。)
by Inatimy (2008-04-21 05:44) 

yk2

◆julliezouちゃま

なんとまぁ羨ましいこと。2時間もルノワールのアトリエの学芸員さん独占で解説が聞けるなんて!。余裕が無い時は仕方ないけど、また改めて話を聞いてらっしゃいな。なかなかそんな経験出来ないよ~、もったい無いなー。

亡命の経緯ねぇ、ただいまちょろちょろこの展覧会の絵画篇に手を着けているので、調べられたら調べておきます。

◆Inatimyさん

ヘンなプレッシャー感じなくって平気ですよん(笑)。

そうそう、ルノワールな衣装のリカちゃん、会場で売ってました!。
Inatimyさんってばオランダ在住なクセに、ニッチな話題チェックしてますね~(大笑い)。
そうそう、リボンは3つか4つしかないの。>ちゃんと見てきてるやつ(^^v
買いもしないのにリカちゃんの写真ばかり撮る様な人が余程大勢居たんでしょうね、「撮影禁止!」って書いてありましたもん(^^;。

by yk2 (2008-04-24 00:11) 

シェリー

前にTaekoさんのところでこの展示会の記事を拝見したときに
息子さんが映画監督さんだったなんて知らなかったので、
絵画との共通点などに驚いたの覚えています。
でもyk2さんのはまたまた読み応えありました~
私は映画のほうもあまり拝見したことないものばかりなので観てみたいです。
『ピクニック』 田舎者ですが草の上のシャンパンが好きなのでw
by シェリー (2008-05-05 17:45) 

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