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iris 2020 / アンゼルムの日記 #2 [花図鑑]

2020年05月12日(水曜日)
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 おそらくは今年の我が家のジャーマンアイリスとしては、この品種が最後になるであろうシルケン・エアーが咲いた。ネットで注文して我が家に届いたのが2016年2月末。それから鉢に植えてやったので、花の身となって考えてやれば随分と慌ただしかった最初の春は仕方が無かったとしても、17年、18年と頑固に(?)花を着けなかった品種。4回目の春を迎えた去年、やっと初めて咲いてくれてからは2年連続での開花となる。でもこの花の品種名ってほんとにシルケン・エアーで合ってるのかな?(汗)[たらーっ(汗)]





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 実はこれ、欲しくて自分で選んだわけじゃなくて、品種はお店側にお任せのセット売りだったんです(^^;。それで、手元に届いてからこの品種、シルケン・エアーに関する情報が欲しくてネットを見てみたわけなんですが、購入した当時既に販売元のタキイ種苗のサイトにもこの品種は紹介写真が無くて、去年初めて咲くまで、どんな色のどんなタイプの花が咲くのか、正確なところの調べ様がまるで無かったのですよ。。ネットで”その名前を検索しても全くヒットしないんですから[たらーっ(汗)]

 タキイから送られて来た段階では、株ごとにインクジェットプリンターで印刷したと思われるそれぞれの品種の花の画像が印刷された帯が付いていたんですが

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 こんな具合にとっても不鮮明(><)。
 
 これを見たまま、そのままに信じれば、下花弁は輪郭がオレンジ系で中心に向かって色がグラデーションで薄く(もしくは白っぽく)なり、上花弁はもうちょっと赤みが強い色で2トーン?、上下同系色で濃淡が有る2色花なのかな~?って感じを想像をしていたんです。

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 しかし、去年咲いたのは割と冷めた感じの(=暑苦しくない)オレンジ1色の花。思っていたのとかなり違って、正直戸惑いました。だから、これって本当にシルケン・エアーって品種なの?と訝ってしまった訳なんです。僕の持っている本『世界のアイリス』(日本花菖蒲協会 編、誠文堂新光社 出版)って本には記載は無し。シルケン=”SILKEN”で、おそらくはシルクから転じている?と、"エアー"を外してネット検索してみるも、海外のかなり専門的なサイトなどで”Silken Trim”と云うやや赤みがかった濃いめの紫色した品種が見つかったのみ。日本語の情報は皆無でした。

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 まぁ、今回こんなふうに実際の花と帯の写真を並べて見れば、インクジェット・プリンタの発色が褪めるとこんなもんなのかな?、帯の見本と同じ花かもな、とも思えなくもないですがね(苦笑)。

 そもそも、販売元のタキイ種苗のサイトに販売直後から全く品種情報が無いって事実が意味するところ、つまりはとっくに廃番商品になったって事なのかなぁ?[がく~(落胆した顔)]

 これも園芸花の宿命でしょうか。販売される花って、単純に美しいだけじゃなくって、生命力の強さだとか栽培が容易だとか、カラーや形、サイズなど様々なファクター、流行廃りが有って次々新しい品種が生み出されて行くんですよね。古くなり販売数の見込めないもの、競争力の無いものは淘汰され市場から消えて行くって必然なのかもしれません。この世界も厳しいのう[もうやだ~(悲しい顔)]


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 ところで、某所でアイリスのヒゲをクローズ・アップした写真を見せられて、同じ花を愛でても、その花が題材となった同じ小説を読んでいても、見る人が違えば目の行く先も思うところも違うものだと今更ながらに気付き、ハッとさせられました。その人の写真を見て、ヘッセの文章に描かれる情景の1つが、初めて僕の中で実際の花(写真ではありますが)の姿と一致した気がしたのです。自分がこれまでに撮った写真をクローズアップ、トリミングしても、同じ様に感じたことは1度たりとも有りませんでした。花を真横から写したその構図に見られるヒゲの姿は、まさにこれが王様の庭の垣根だ!と。こんなふうに云うと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それは新鮮な、ちょっとした驚きでした。


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 黄いろい細い指が、ある時は、王様の庭園の黄金の垣根のように、ある時は、風にそよとも動かぬ美しい夢の木の二列の並木のように見えた。その間を、神秘的な道が、明るく、ガラスのようにきれいな生き生きした脈に縫われて、奥の方へ走っていた。弓なりになった上部は途方もなく大きくひろがり、下に向かっては、黄金の木の間の小さい道がはてしなく深く、想像もつかない深淵の中に消えていた。その上に紫色の弓形の花びらが堂々とそり返って、静かに待っている奇跡の上に、魔法の薄い影を投げていた。これが花の口であることを、黄いろい華麗な木立ちの背後の青い深淵の中に、花の思いや心が宿っていることを、このしとやかな明るい、ガラスのような筋のある道を通って、花の呼吸と夢が出入りすることを、アンゼルムは知っていた。(『アヤメ』 H.ヘッセ著、高橋健二訳より引用)


 改めて考えてみれば、僕の興味はヒゲよりもその背後の青い深淵、花の呼吸や思いが出入りする口にあって、それを神秘(思索)への入り口とする事こそがこの物語のキーと考えました。ですから、王様の垣根や夢の木の二列の並木はあくまでも前庭。そのヒゲに執心するなんて、読み手としては考えてもみませんでした(笑)。

 それでも、僕とは違う物の見方をする人がいる。僕の気が付かない物の魅力を易々と発見出来る人がいると云う事実に気付かされるのは、とても愉快で、好い刺激です。もう十分に知った気になっている物にも、見落としている何かが有るかもしれない。そんな事に、まだまだもっと気付けたら好いなぁって、思うのです。

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 僕がそもそもジャーマンアイリスやアヤメを育てるきっかけとなったのはヘルマン・ヘッセの短編小説『アヤメ(イーリス:Iris)』だとはこれまでもこのブログに何度も書いて来ました。アイリスの話をブログ記事にする度に『アンゼルムの日記』との題を付けているのは、その小説の主人公の名前に由来しているのです。アヤメはアンゼルムが幼少の頃親しんだ、母の庭に咲く大好きな花でした。

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 この物語を初めて僕が読んだのは、まだ小学生の頃。『メルヒェン』と題された文庫本を手に取ったからなのですが、メルヘン=日本では一般にグリムなどのイメージから”童話”と考えられていますが、ドイツの創作メルヒェンは特に子供に向けて書かれるもの、所謂児童文学ではありません。ヘッセのこの作品も、子供に向けて書いているワケではまるでないので、童話と云う括りで読んで理解出来るほどヘッセは子供に「優しく(≠”易しい”)」ありません。解るわけ無い(笑)。その後も何度か折に触れて読んだのですが、以前の僕は全くと云ってよいほど花に疎くて、頭に思い描けるアヤメの花その物が曖昧でした。ですから実際のところ、その物語の内容はあまりピンと来るものではなかったのです。しかし僕の美術館通いが増えて、やがて日本画の世界に関心を持つ様になり、その画題であるカキツバタやハナショウブなどアヤメの仲間の花に興味を惹かれる様になってから再び読み直してみて気付いたのです。僕が絵の中や公園で目に出来る花たちは持っていないが、ヘッセの文中に描かれるアヤメには存在する物がある。両者は一致しない。どうやら同じアヤメの仲間であっても、それらは違う品種なんだと云う事に。

 アンゼルムのお母さんの庭に咲くアヤメとはどんな花なんだろう?。それを実際この目で確かめたくて・・・が全ての始まりでした。

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 ヘッセのアヤメに有って、カキツバタやハナショウブには無いものとは?。

 それは、文中に描かれる「黄いろい指」なる物の存在。この下花弁に乗っている、ふさふさとしたヒゲ(Beard)の事だったわけですが、日本のアヤメやカキツバタ、ハナショウブにはこれが有りません。写真を並べて見比べれば違いは一目瞭然なのですが、実際には自分で初めて買ったジャーマン・アイリスが開花してその花を目にするまで、僕には「黄いろい指」がなんの事やらさっぱり分からなかったのです。

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 そもそも、僕の初めて買ったジャーマンアイリスは「黄いろい指」ではなく「橙いろした指」だったし(笑)、上の写真でもご覧頂ける様に、透き通るガラス管の先がほんのり花と同じに色付いた「紫いろした指」も有る。要は品種によってヒゲの色はそれぞれ変わる物なのです。そこから何が見えて来るかと云うと、つまりは、アンゼルムのお母さんが育てていたアヤメ=ジャーマンアイリスのモデルとしてヘッセが見立てていた花は、黄色いヒゲを持ち(尚且つ、”紫色の弓形の花びら”も持つ)品種だったのだろう、って事。そんな事を踏まえて、色んな品種のアイリスの写真が並ぶ本のページをめくって黄色いヒゲの品種を見つけては、ヘッセのアヤメはきっとこんな花かも・・・などと思いを巡らすのもまた、楽しいものです(^^。


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 ところで、ヨーロッパの人々にとってアイリスとはギリシャ神話にも登場する虹の女神イーリスの名前であり、その聖花がアヤメなんですね。神話を題材とする絵画では翼を背にした姿で虹を伴って描かれることが多い様です。ですから、例えば女性とアヤメの花が一緒に描かれていたらそれはアトリビュートとして女神イーリスに直結する・・・と云うわけではない様です(^^;。

 それでもアトリビュートとして、アヤメの花はちゃんと約束事を有しています。百合や白貂と同じく、女性の純潔の象徴として描かれるんですって。例えば、キリスト降誕をテーマにした絵画でマリアのすぐ傍に描かれていたとしたら、それは聖母の純潔を意味していると云うふうに。
※参考図書:『名画を読み解くアトリビュート』(木村三郎 著 淡交社 刊)より

 
 最後に、とても基本的な事実なのですが、ジャーマンアイリスと云う植物は、その原種の仲間たちが皆、下花弁基部にヒゲを持つことからビアデッド・アイリス(Bearded Iris)と呼ばれ、地中海沿岸を中心とする地域に数十種類が分布しているんですって。あまり聞き慣れない呼び名ですが、ジャーマンアイリス(ドイツアヤメ)とは別名ヒゲアヤメのこと。ヒゲこそがその象徴なのです。日本人の感覚からすると、ヒゲは男性のものであって、美しい女神や純潔の乙女のイメージにはそぐわない気しかしませんけどね(^^;。かと云って、「ちろふさ」って命名が女神に似合うかどうかも・・・ねぇ(笑)。



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