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庭園美術館建物公開~『アール・デコの館』 [ART]

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 東京都庭園美術館の建物公開に出掛けて、その日に見た桜の話(http://ilsale-diary.blog.so-net.ne.jp/2010-04-10)を書いてみたところ、旧朝香宮邸の話だと思ったから読み始めてみたのに、建物の話なんてな~んにも出てこないでさっさと終わっちゃった~![むかっ(怒り)][パンチ]と、某お方より耳の痛いクレーム(^^;を頂戴しましたので、こちらで改めまして建物内見学のお話を。写真もたくさんだし、1つの記事にしてはあんまりにも長くなるからと、初めから前後編に分けようと思ってたんですってば~[ふらふら][あせあせ(飛び散る汗)]




 ここ数年来、何度も通う様になった東京都庭園美術館だけど、その実、あんまり朝香宮家についての詳しいことは知らなかったりする。何か本を読んでみた分けでもなく、僕の知識は美術館のHP上に書いてある事が全てなのだ。これではあまりにも記事を書くには知識がさっぱりし過ぎ(?)ている(^^;ので、今回はこの建物内覧後に改めてお勉強してみようと(^^;、文庫本1冊を取り寄せてみた。

 せっかく観て来たんだから、少しはちゃんと復習しないとね(^^;。

アール・デコの館―旧朝香宮邸 (ちくま文庫)

アール・デコの館―旧朝香宮邸 (ちくま文庫)

  • 作者: 藤森 照信
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • 発売日: 1993/04
  • メディア: 文庫



 朝香宮家の成り立ちや宮邸の内装に深く関わったアンリ・ラパン(1873- ? )などについては庭園美術館のHPに書かれている(→ http://www.teien-art-museum.ne.jp/museum/france.html)のでこちらでは割愛させて頂くとして、僕が気になっていたのは、仏国立セーヴル製陶所の美術部長職に在り、1925年の現代装飾美術・産業美術国際博覧会(通称アール・デコ博覧会)では装飾美術家協会の副会長も務めたラパンと云う人物がどの様な経緯で日本の皇族の住居内装を手掛けるに至ったか。と云うのも、このラパンという人物、調べてみても、旧朝香宮邸関連以外にはほとんど登場して来ない人なのだ。当時のフランス国内、特に装飾工芸分野のデザイン界では評価が高かったのかも(?)しれないが、日本では間違いなく、全くの無名。

 結局、今回買ったこの本にも確実なところは記していなかったけど、どうやら1925年当時パリに滞在していた朝香宮鳩彦(やすひこ)殿下と允子(のぶこ)妃殿下がアール・デコ博覧会を観覧された際、博覧会の美術局長ポール・レオンとともにラパンが会場内をご案内したのではないだろうか、と作者は推測している。ご夫妻はこの機会を通じてアール・デコの様式美に魅せられ、後に宮邸新築をする折にはラパンこそ任せるに最適とご判断されたに違いない、と。

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 実際のところ、建物の基本設計は宮内省内匠寮(皇室関連の建築設計担当部門)の設計技師で、欧州へ留学し、アール・デコ展も実見していた権藤要吉が行い、ラパンへは建物図面を船便で送り、今度はラパンが内装コンセプトを設計して日本へ返信すると云った牛歩並に気の長い手段でプロジェクトはスタートする。当たり前だが、国際電話も電子メールも有り得ない時代。昭和4年6月に最初の遣り取りを始めたものの、ここから建物完成までは4年もの月日を要してしまう事となるのだ。全てがこの調子。つまりは、アール・デコ様式のエキスパートとして雇ったアンリ・ラパンは、一度も来日することなく、当然現場を訪れる事など無かったってわけ(これは建築と云う仕事の世界では、随分と常識から外れた話でしょうよねぇ^^;。因みにラパンは朝香宮邸竣工時に齢60。)。

 それでも、ラパンは1階(公的部分)の主要室6室、2階(宮家私的部分)の内1室の内装、調度品の誂えを任される事となるのだ。彼に対するギャランティも高額で、“第1回目”と記録されている払い込みが、当時のお金で金弐万円也。現在の貨幣価値だと、ざっくり換算しても5千万円くらいの話だったらしい。それってちょっと高過ぎませんか~?(@@)。実費はまた別だろうし、いったい総額いくらの契約だったのだろう・・・。


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左、玄関前のガラス・レリーフ(ルネ・ラリック)
右、1階大広間の大理石レリーフ(イヴォン=レオン・ブランショ)

 来館者を正面玄関で迎え入れるラリック作の美しきガラスの女性像。
 写真右の大理石のレリーフはギリシャ的なテーマなので、当時最先端の「アール・デコの館」とすれば、喩え新古典主義にしたところで、やや古くさいテーマかも(^^ゞ。

 これらの装飾品のコンセプトを打ち出し、ラリックら制作者への発注を行ったのもアンリ・ラパン。


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セーブル磁器の噴水塔

 セーブル製陶所作成でラパンのデザインに依る磁器製の照明を兼ねた噴水塔(フランス海軍から贈られたものだそう)。断っておくが、ラパンは建築家ではない。要はこれが彼の本職の物なのだ。
 宮邸として使われていた当時、舞踏会などに際しては、この塔の上部にある蕨模様風の照明部分に香水をふり、芳香を演出したことから、香水塔とも呼ばれていた。ただ、この部屋の中でこれから噴水がどんなふうに出されていたのか、まるで想像出来ないんですけど・・・(^^;

 床のモザイクタイルはグレイ系を基調にして茶系と白などを組み合わせた穏やかな色調と、いかにもアールデコらしいすっきりとした幾何学的配列。建物完成当時(1933-昭和8年竣工)として見れば、相当に最先端を行く内装デザインだと思う。この広間に入った途端、「ここは旧来の宮邸(=古い様式建築)ではありません。アール・デコの館ですから」と、ラパンに依る建物内装のデザイン・コンセプトが高らかに宣言されているかの様だ。

 アール・デコはそれ以前のアール・ヌーヴォーも含めて、市民社会に於いてブルジョワや知識階層に依って受け入れられた様式であり、本来ならば宮家の様な家格の住居に採用されるものではなかった。それをわざわざチョイスされたと云うのも、朝香宮ご夫妻が如何に当時のパリでの暮らしに馴染み、満喫されていたのかがよく解る。


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左、アンリ・ラパン / 蓋付き壺(国立セーブル製陶所)
右、アンリ・ラパン / 花器

 僕の好みは全く以て左のブルーの壺なれど、デザインとして気を惹かれたのは右の地味な花器の方。それと云うのも、ラパンがフランス人だけに、単純化されたバラの花の絵付けに興味が湧いたから。このバラの絵、ひょっとしたら、日本のツバキがパターン化された様な布地の染色図案がアイディア源かも?と思ってしまったのだ。ツバキは18世紀に日本からフランスに渡り、その姿から「日本の薔薇」とも呼ばれ愛好された花(※ヴェルディ作のオペラの題材でもある「椿姫」が小説に書かれた背景には、当時のツバキ人気が在るとも云われている)。そして、そのフランスでは日本の染色型紙図案や琳派模様の見本帳、壁紙図案、家紋図帳などがアール・ヌーヴォー普及の重要人物、サミュエル・ビングや『日本の芸術』を著したルイ・ゴンスらに依って紹介され、広く装飾美術に応用されている。

 なお、薔薇模様の花器の背景、銀灰地に花があしらわれた彫刻壁はブランショ作。


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ゴヴネの照明具(セーブル製陶所製 葡萄模様、一対)


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大広間の照明

 それにしても、竣工当時、初めてこの建物を訪れた人の目には、さぞかしファッショナブルな空間に映った事だろうなぁ。当時の日本では建築界の専門家さえ、パリのアール・デコ博を訪れなければ目にすることも出来なかった最新のムーヴメントだもの。

 実際、アール・デコ博に出展していた日本館は、「純現代的傾向」と云う博覧会の趣旨に適うことはおろか、国際的に通用する目新しい工芸デザインを何一つとして提示出来ず、1873年のウィーン博の展示と大差が無いほど古色然としたものだったらしい。維新以来、積極的に欧米文化は取り入れて来たものの、まだまだ学び、真似をするしかない段階。新しい発想の芽は、育っていなかったんだなぁ。


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ラリックのガラス皿、『金魚』(1921) / オパルセント・ガラス

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ラリックのガラス花器

 ガレとともにアール・ヌーヴォーでヨーロッパのガラス工芸デザインに旋風を巻き起こしたルネ・ラリック(1860-1945)は、アール・デコに至っても、その先導的立場を維持していた。1925年の春に始まったアール・デコ博にも当然の様にラリック館を設営出展し、朝香宮ご夫妻は同年7月8日にここを訪れている。ラリックはアクセサリーや香水瓶など、当時のパリ社交界に集う上流階級女性をうっとりとさせ虜にする魅力に溢れたトレンド・リーダーとしても名を馳せた。この時34歳の女盛りでまだまだお若くかった允子妃殿下も、きっと目を見張る様にして作品をご覧になられた事だろう。

 お二人ともが相当お気に召したのだろうか、朝香宮邸には幾つものラリックの花器やシャンデリアがさりげなく、ごく当たり前の様に飾られている。パブリックなスペースのガラス製品は、全てラリック?と思ってしまうほど、あれもラリック、これもラリック。見ているこちらは、つい、深~く溜息を洩らしてしまう(^^;。


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ラリックのガラス照明具

 この2枚はどうにも写真がボケててスミマセン(汗)。
 左はラリックの残したデザイン画と、右がその完成形。絵だけ見てしまうと、フリー・ハンドでラフな初期段階のアイディア図の様に感じてしまうのだけれど、ほぼ全てが実現化されている。アクセサリー類のデッサンは割合多く残されているラリックも、それが照明具になると途端に稀少になるそうで、そう云う意味で価値のある資料。


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大客室シャンデリア。連続するギザギザなガラスのカットはアール・ヌーヴォーのガラス工芸には無かった表現。
大客室ドアの装飾。レジェの絵を思い出させる様な典型的なアール・デコ図柄。


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大食堂の装飾壁画

 ラパンの手なる庭園の風景が描かれているのは大食堂の壁面だ。本館主要室の内装デザインを手掛けた彼は、元々は画家志望で、一部で新ポンペイ派とも呼ばれたジャン=レオン・ジェロームに師事していた。要は新古典主義系の画家に付いて絵の勉強をしていたわけで、それを踏まえて見れば、成る程この絵もポンペイ若しくはローマ風の図(バッカスの噴水?)なのかもしれない。ただし、木の描き方などはからは当時の壁面装飾画の大家でもあったシャヴァンヌや、ナビ派のドニらの装飾画と同様に、単純化したフォルムも採用している。一言で云えば折衷的で、強い個性や特徴はあまり感じさせない画風となっている。オレンジを被せた抑え気味のトーンで、壁にあしらわれた赤みがかった大理石などとの色彩調和を計りつつ、穏やかで落ち着きのある食卓の演出を意図しているのだろう。


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ラリック / 大食堂のシャンデリア

 この写真ではほとんど判断出来ないだろうけれど、よくよく見れると、パイナップルなどのフルーツ(どうもザクロらしいんですが、見た目よくわからん^^;)を立体感付けたガラスで出来たシャンデリアとなっている。ラパンとラリックのどちらが先にデザインが決められたのかは判らないけれど、おそらくはラパンの指示で壁画に描かれたフルーツなどと題材を揃えての事と思われる。


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大食堂の装飾画のすぐ下(セントラルヒーティングの通風口隠しかも?)や窓下のグリルに配された装飾。海の底に遊ぶ魚と貝のユーモラスな図柄が楽しい。


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庭から見た大食堂

 丸い形状をしたこの建物部分の窓の下全てに、上の魚のグリルが1枚ずつ嵌められている。
 外観の写真を出した序でに、大客間から庭へ出る1階ベランダ部分の外照明も洒落ているので、ご覧頂いておこう。


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※これら庭側からの写真は3枚とも昨年11月末の撮影です


★ ★


 ここから先は2階へ。

 当時の宮内省内匠寮が設計を手掛けた建物、特に宮邸の多くは1階がパブリックなスペース、2階がプライヴェートとしてきっちり分けられていたのがその典型だそうで、朝香宮邸も例外ではない。

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左、階段をあがってすぐ、手すりの上に欄干柱の様に据えられた草花模様の照明。これもまさにアールデコの典型調と云った図柄。例えばアール・ヌーヴォー様式のギマールなどの植物装飾作例と比せば至ってシンプル。僕はギマールやガレ、ナンシー派の作品を観るのは大好きだけど、日々の暮らしの中ではあまりに装飾が過ぎるのも困りもの。実用品として普段の生活空間の中に置かれるのなら、やぱりこれ位のデザインが飽きずに居られて好いのかもね(^^;。

右、若宮の居間の照明。
 ステンド・グラスがあしらわれてはいるものの、とてもシンプルなスタイル。これがチョイスされたのが建物建築当初だとすれば、二人いらした若宮様は当時20歳前後の若者。そのせいだろうか、他の部屋の照明具の造形と比してもこざっぱりとしている。ただ、ガラス部の色遣いはハッキリとした色合いが採用され、若々しく楽しげにも思えるもの。


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左、朝香宮鳩彦(やすひこ)殿下書斎
右、同書庫

 プライヴェートなスペースとされた2階で唯一、ラパンの意匠が施されている部屋が朝香宮殿下の書斎。そう聞かされれば、即成る程と思えるくらい、他の部屋とは家具、調度品類の誂えが違っているのが一目瞭然。丸い部屋の構造に合わせて、美しいフォルムをした机のガラス天板も半円形、椅子の背も緩やかに弧を描く。奥の書棚にはやはりラリックのガラス花器が飾られている。

庭園美_021.JPG 庭園美_022.JPG
左、2階庭側ベランダ
右、姫君寝室前広場のステンドグラス照明

 姫君寝室前の照明は、まるで金平糖のように愛らしい形。ステンド・グラスの色が様々に、ほんのりと天井や壁に映えてちょっぴり幻想的。子どもの頃に見た、藤城清治さんの影絵の世界を思い出すなぁ。


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マルセル・ブロイヤー / ワシリー・ラウンジ・チェア・セット

 サン・ルームとして使われていたのだろうこの部屋は、置かれているパイプ・チェアの印象があまりにモダニズム・デザイン的で、他の部屋とは全く趣が違ってしまっている。僕はこれらが新しい物なんだろうと勘違いしてしまったくらいだ。しかし、実は1925~26年にデザインされた物の復刻なんだとの説明を読んで吃驚してしまった。80年以上も前にこのデザインと色遣いって、すごいなぁ・・・。


★ ★ ★


 さてさて、こんなところで建物見学はおしまい。初めはじっくり写真を撮るつもりで構えていたけど、この日は訪れる人のみんながみんな、そんな気持ちでカメラ持参。撮影したい場所は誰もが同じ様に思うので、結構混んで順番待ちも。それで予想外に時間も掛かってしまい、気になるところ全てを洩らさず撮る、と云うわけにもいかなかった。本を買って、後から初めて気が付く様な細かい部分も知ったので、またいつか再挑戦してみよう。


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 桜を見やりながら、庭園美術館をあとにする。
 そこそこ館内を歩き回ったから、そろそろ喉も渇いて来た気がするけど、同行の友人は休まずにここからすぐに移動して、何やらもう1カ所、別の展覧会にも行きたいと云う。ふふふ、随分と今日はお勉強熱心ですコト(^^。普段ならさ、美術館に着いたら先ずはティー・ブレイク[喫茶店]。アンリ・ラパンなんてよく知られていない芸術家の名前なんかより、同じアンリならばシャルパンティエ※の方が絶対的に好きなハズのヒトなんだけど(笑)。

ここでは、こちら→()のコトとして記してありますが、一応、アール・ヌーヴォー期のデザイナーであるアレクサンドル・シャルパンティエ(参照 → 「オルセー美術館のアール・ヌーヴォー」 http://ilsale-diary.blog.so-net.ne.jp/2009-09-19)にも引っ掛けて名前を出していますので、念のため(^^ゞ。

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TaekoLovesParis

庭園美術館の建物公開は、楽しみにして、出かけました。
インテリアの写真は初めてだったけど、難しいですね。たとえば、照明器具はそれだけを撮ったけれど、yk2さんのように、全体の中でとらえた方が、きれいで、雰囲気が伝わりますね。その上、見せ方がしゃれてます。

ラジエータグリルは、かわいいので私も撮ったけれど、暗いし、メリハリがなくて、、さらに建物の中は構図がだいじですね。というわけで、写真がダメだったから、こういう丁寧な記事は、うれしいです。
館の紹介本をお買いになったというだけあって、よく調べてあり、私の知りたいことが全部出ていたので、読み応えがありました。
ラリックのガラス器とアンリ・ラパンのブルーの壷は、撮影の順番待ちという人気だったけど、茶色のバラの花の絵つき花瓶の前は、あまり人がいなかったから、私もちら見。写真で見ると、壁のレリーフによく映えてて、無視しちゃいけなかったですね。 椿と思って見ると、たしかに椿にも見える。ジャポニズムで流行ったから、デュマが「椿を持った女」を書いたんですね。なるほどーでした。

私が好きなのは、食堂暖炉の上のラパンの壁画「庭園」?。ローマ風だけど、
ポンペイ展で見た邸宅の庭園を描いた壁画より、ずっと華麗で装飾的できれい。
ラパンはアカデミズムのジェロームの弟子だったんですね。これも、なーるほど、
でした。
by TaekoLovesParis (2010-06-02 21:30) 

yk2

taekoさん、こんばんは。
過去記事(^^;)にコメントいただき、ありがとうございます~。

美術館ってあんまり照明が明るくないから、室内撮影すると結構手ブレで失敗しますね。この日は使い慣れてない超広角レンズ(例によって弟からの借り物^^ゞ)着けてたんで、なかなか思う様な写真が撮れませんでした。(苦笑)。照明器具はtaekoさんのお言葉とは逆に、もっと寄った写真が有ってもよかったなぁ・・・なんて。

本は、無精して本屋さんに行かず、中身も確かめずに楽天で注文してしまったら、半分以上が写真であらら・・・(苦笑)。文面もアール・デコ建築の歴史や成り立ちに頁を割いて、肝心の旧朝香宮邸についてはあまり多くは書かれていなくって、ちょっとガッカリ。それも初版は1984年と、随分前に書かれたもの。もしかしたら現在はもっと文献が見つかったり研究が進んだりしてるんじゃないの?、って感じです。僕も間違ったコト書いてないといいんですが・・・(^^;。

バラの花器ははっきり云って、見栄えしないですよね(笑)。普通はあんまり気にしないと思います。もし僕がモーザーとかに関心が無かったら、江戸時代の染色見本の影響がテキスタイルにどうだとか、な~んて興味は絶対湧かないと思いますもん。

ジェロームはオルセーにある『闘鶏』が一番に有名でしょうけど、昨年に横浜美術館で開催された「フランス絵画の19世紀」展で観て、ねーさんもご存じ『酔ったバッコスとキューピッド』が愉快ですよね。ぷっくりおなかで千鳥足の子ども2人組。そう云えば、あの展覧会は3回も観たのに、blogの記事に未だ書かないままだなぁ・・・(^^;。
by yk2 (2010-06-02 22:38) 

pistacci

あれあれ??この記事は最近アップなのですね。
庭園美術館には何年前かなぁ、展覧会で出かけたのでなつかしい。
前記事の花がとても素敵でした。
行った時には、若宮の居間などプライベートスペースが意外とこじんまりしていたような印象があるのですが、
展覧会場として使われていたからなのかしら。
なんか、噴水塔も奥まった角にあったような気がするんだけど・・・。

シャルパンティエといったら食べるほうしか浮かばなかったので、
注釈がありがたく、ぅふふっと、笑ってしまいました。
by pistacci (2010-06-03 01:38) 

yk2

pistaさん、こんばんは。

よくこの過去記事(笑)に気付いて下さいましたね~。ありがとうございます♪。
普通の人はトップ・ページしか見てくれないから(笑)。
3~4月はなかなかblogを書き上げられなかったので、ここ最近になって下書きしてあったものに加筆したり、めんどくさいからほぼ写真ばかりでそのままUPしちゃったりとか、只今キャリー分の在庫放出中です。後ろ向きに更新中って?(笑)。

庭園美術館は普段から結構内装も気にして見ているんですが、やっぱり写真がOKとなると、全く別もの。あ、こんなトコにもアール・デコが、みたいな宝探し感覚ですね(^^。2階のプライヴェート・スペースは、ほぼ日本人の設計なので、宮様たちの居室は意外に地味だよね~なんて同行の友人と話してました。下が豪華なだけに、ねぇ~。
そうそう、来月からは有元利夫展なのですよ。今からもう指折り楽しみにしてるんだなぁ~(^^。

シャルパンティエのお話は、最初はもっと素っ気なく、解る人には解るだろう・・・とサラッと書いておいたのですが、いや、やっぱりこんなのはアール・ヌーヴォーに興味がなきゃ解るわけないよなぁ・・・と考え直し、注釈を入れました。pistaさんに笑って貰えたから、やっぱりそうして好かったです(^^。
by yk2 (2010-06-06 00:31) 

Inatimy

さりげなく更新されてる記事、読みごたえありますねぇ。
フランス語のサイトでも検索かけましたが、アンリ・ラパンってそれほど詳しく出てきませんでした・・・。
パリ15区のお役所か何かの一部分の内装に関わってる、ってな記事でしたが。
レジェの絵を思い出させる大客室ドアの装飾の上の半円部分は、
ペーパークイリングみたいな雰囲気ですね~。 
窓下のグリル、魚と貝・・・で、私の頭の中には、煙を上げ、炭火で焼かれて香ばしそうなシーフードでいっぱいになったのでした・・・。
by Inatimy (2010-06-07 05:37) 

yk2

Inatimyさん、こんばんは。

さりげなく、って云うより「こっそり」かも。
だってこの時期に桜の咲いてた頃のハナシだものねぇ・・・(^^;。

ふふふ、早速パリ特派員(笑)らしく調べてくれているみたいで、頼もしい限りです(^^。アンリ・ラパンはセーブル関連で深く掘っていけばヒットはするんでしょうが、個人の名前で芸術家として著名かと云えば、きっと、そうでもないんでしょうね。

ペーパークイリングって何のことだか分からなかったので、ちと調べて見てましたが、ああ、なるほど。いなちゃんお得意、手芸系ね。こう云うのもやるの?。

グリルの魚は、丁度タイムリーにたらこ唇の熱帯魚チョコみたいじゃない?。少しだけ青く塗りましょか、って(笑)。
by yk2 (2010-06-10 01:17) 

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