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ジャン=ジャック・エンネル / 『牧歌(Eglogue)』 [ART]

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◆ジャン=ジャック・エンネル(Jean-Jacques Henner:1829-1905) / 『牧歌(Eglogue)』1879年頃
 パリ市立プチ・パレ美術館蔵

 暮れ時なのだろうか。陽光が感じられないグレイの空と暗い森。小川なのかそれとも池なのか、その水辺のほとり左右に裸身の女性が二人、スポットライトに浮き上がる様に描かれている。左に配されたその内の一人は真横を向いて野に座り、縦笛を口にしている。もう一人は、何かの構造物の一部なのだろうか、真っ直ぐに切り出された石台の様な物に左肘を乗せて頬杖を付き、そちらの方向にやや体を傾げて立っている。画面正面のこちらに向ける表情はうつむき加減の様に見えるも、特には感情が表出しているわけでもなく。彼女たちは普通の人間の女性なのだろうか。それとも森や水のニンフ(精霊)や楽園の女神として描かれているのだろうか。どこか謎めいていて情景が読めない。ちょっとミステリアスな絵だな、と思う。



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 『牧歌(Eglogue)』と名付けられたこの絵の日本語タイトルから、僕の思考は至極シンプルに誘導されて、頭の中ではドビュッシーの『牧神たちの午後』のフルートが聴こえ始める。画中の縦笛を吹く女性の横顔には影が落ちて、その表情までは窺えない。


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 一方、右の女性はその笛の音に聴き入っているのだろうか。
 
 ドビュッシーを思いついた時点で、水辺に佇む髪の長い女性と云えば、同時にそれは僕にメリザンドも思い起こさせる。マラルメの難解な詩と、メーテルリンクのこれまた不可思議な短編小説が一つになっている様な絵?。それはもう、文学青年でもあったドビュッシーの脳内そのものに迷い込んだかの様な、象徴主義的な世界観を満々と湛えているふうにも思えてしまう。

 この絵を僕が知ったのは、2009年に横浜美術館で開催された展覧会『フランス絵画の19世紀』でのことだった。ドミニク・アングルの『パフォスのヴィーナス』(→ https://ilsale-diary.blog.ss-blog.jp/2009-06-25)が目玉だったこの展覧会に、僕は3度も出掛けた。新古典主義とロマン派のアカデミスムからバルビゾン派を経て印象派が生まれ、ポスト印象派に至る100年を、ほぼ年代通りに並べた構成。僕はこの頃、アングルの偉大さにようやく気付いて、印象主義に因ってまるで旧悪として扱われてきた様なイメージさえあるアカデミスム(=サロン)に惹かれ始めていた。


★ ★


 ジャン=ジャック・エンネルはフランスの北東、アルザス地域圏のオ-・ラン県ベレンヴィレール(Bernwiller)の出身で1829年生まれ。家は裕福な農家だったと云う。近い世代の画家にはアレクサンドル・カバネル(1823-1889)、ジャン=レオン・ジェローム(1824-1904)、ピュヴィ・ド・シャヴァンヌ(1824-1898)、ギュスターヴ・モロー(1826-1898)がいる。ストラスブールの絵画学校で才能を認められた彼は報奨金を得てパリへと向かい、1846年に国立美術学校へ入学。フランス画壇本流のアカデミスム教育のもと、画家としての社会的成功を目指して作品の制作を始める。


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◆エンネル / 『アベルの死体を見つけるアダムとエヴァ』(1858)
 パリ国立美術学校蔵

 フランス画壇の登竜門への3度目の挑戦として1858年に発表したこの絵、『アベルの死体を見つけるアダムとエヴァ』にて同年のローマ賞・絵画部門賞を見事に受賞。その褒賞としてローマ留学を叶えた。

 ご覧のとおり、神に創られし初のカップルのアダムとエヴァ(イヴ)が、授かった二人の息子の内の一人であるアベルを死体として発見する悲惨な場面(※因みにアベルを殺めたのはその兄カイン)をドラマチックに描いている。悲しみや嘆きと云った感傷的な感覚を滲ませている点ではロマン主義的なテーマでありながら、画中の人物は輪郭線を有して色彩にもけばけばしさは無く、エヴァの肌は滑らかな陶器をを思わせる。生気を失ったアデルはもはや大理石の彫像のようで、その点でどちらかと云えば新古典主義の方が感覚的に近い。つまりは、いかにもこの時代のアカデミー絵画のマナーに則ったタッチにて描かれている、ってこと。

 それを踏まえると、21年後の『牧歌』とこのローマ賞受賞作を同時に見せられたとして、双方の画風が全く違ってしまっている事に気付くのは簡単だろう。実はこの『アベルの死体を見つけるアダムとエヴァ』も『牧歌』と同じく、2009年の横浜美術館での展覧会に出品されていた作品だ。しかし、制作年代順に作品を並べる展示構成のために、同一画家の作品でありながら両作品は少し離れた場所に飾られていた。そのせいも有って、僕が双方が同一画家の作品だと気付いたのは、恥ずかしながら展覧会が終わった後での事。図録を見返していてようやく、だった。負け惜しみ以外の何ものでもないけれど(苦笑)、もしも画家・エンネルその人について興味を持てず、何も知らなかったままだとしたら、この2作を描いたのが同一の画家だと言い当てるのは、なかなかに難しい事だと思う。

 ローマ留学に因ってイタリア絵画に多く触れることになるエンネルは、ジョルジョーネやティツィアーノなどのヴェネツィア絵画に傾倒し、研究した。そして特にコレッジョから最も強い影響を受けた。イタリア留学の成果はローマからパリのサロンへと送られた『スザンヌの貞節(1863)』(※オルセーのコレクション・サイト → https://www.musee-orsay.fr/en/artworks/la-chaste-suzanne-468)へと結実して、エンネルはこの作品で初めてのサロン入賞、3等賞を受け、パリでの評価と地位を確立するのだ。


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◆エンネル / 『荒野のマグダラのマリア』(1874頃)
 山寺 後藤美術館蔵

 渋谷東急Bunkamuraミュージアムにて2013年に開催された山寺後藤美術館コレクション展にて実際に目にした『荒野のマグダラのマリア』。この作品は実は1874年のサロンにて発表された同タイトル作のヴァリアント。1874年と云うのは、フランスの絵画史においてはとても重要な年。そう、第1回印象派展が開催された年なのだ。これは観に行った展覧会ではないのだが、1994年9月に上野の国立西洋美術館で行われた展覧会『1874パリ-第1回印象派展とその時代』の図録を以前から持っていて何度も繰り返し眺めていた。このエンネルのマグダラのマリアもそこに掲載されていたので、僕にはよく見知った作品だった。

 エンネルはこのマグダラのマリアのモチーフをかなり気に入っていて、実際注文も重なったようで、同じ構図のヴァリアントを何点か残している。だが発表当時の評論家の批評は厳しいものだった。「彼は新鮮で魅惑的な色を自分のパレットから追放してしまったのか。(『スザンヌの貞節』の出来映えと比して)彼の凋落に驚きと危惧を覚える」とまで書かれてしまったそうだ。まぁ、確かにヴェネツィア派に感銘を受けた画家の絵としてはこの作品の色遣いは淋しいかもしれない。だけども、たった1色、この掛け衣のグリニッシュ・ブルー(※1)の印象がとても鮮烈で、この作品は僕の記憶に残っている。

(※1)・・・印象派展の図録に掲載のサロン出品作品は現在トゥールーズのオーギュスタン美術館所蔵。こちらの掛け衣は緑掛かっていない、全くのブルーで塗られている

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 さて、ここでこのページを書き始めた動機であるところの、『牧歌』の画中から僕がイメージする音楽の話に戻ろう。

 ここ日本ではその作品に触れる機会の少ないエンネルについて、いつの間にやら勘違いをし始めて、長くその間違いに気付くチャンスも無いままに過ごして来た事に、つい最近になって気付いてしまった。友人が昨年末にパリのエンネル美術館を訪問した話をブログとしてアップ(https://taekoparis.blog.ss-blog.jp/2024-02-17-1)。その話を読ませて頂き、PCのモニター越しとは云え、久しぶりにエンネルの作品や画業に触れたお陰でね。

 何を間違えてしまっていたのかを簡潔に述べると、いつからか、エンネルをドビュッシーらと同世代だと思い込む様になってしまった、ってこと。

 『牧歌』でのエンネルのタッチが過去の作風やテーマ(※サロンで認められて初めて、それが描ける地位を得るのが当時の歴史画なのだ)から随分と様変わりし、まるで「象徴主義の様にも見える」作風へと変化した。その新しい印象ばかりが強くなってしまい、僕の中で過去のアカデミックな時代のエンネルの画業、作品のイメージが希薄になってしまったのかもしれない。結果、彼の昔を切り離して、やがて忘れてしまい、いつの間にやらエンネルは僕の中で「象徴主義のグループに勝手に嵌め込まれてしまった」のだ。例えば、フェルナン・クノップフ(1858-1921)らと同世代の画家であるかのように。

 加えて、これまた勝手に『牧歌』から聴こえて来る音楽としてイメージを重ねていたドビュッシーについて、青柳いづみこさんの著作など次々読んで新しい知識を得ていった事も、この間違った思い込みにダメを押したかもしれない。ドビュッシー研究の専門家である青柳さんには『ペレアスとメリザンド』から得たインスピレーションを膨らませて”ファム・ファタルとしての水の精”と音楽について様々に考察を巡らした著作『水の音楽』(みすず書展刊)があって、同タイトルにてピアニストとしても青柳さんはレコーディング、CD作品としてリリースもしている。この本の中ではメリザンドやオンディーヌなどを例に文学から音楽、それに啓示を受けた絵画もふんだんに紹介されていて、僕にはとても興味深い内容だった。

 エンネルの『牧歌』はその作中で”紹介されているわけではなかったのだが、人気(ひとけ)の無い深い森の奥、泉(=水辺)のほとりでたったひとり佇んでいた髪の長いミステリアスな女性(メリザンド)と『牧歌』の右手の女性が、『水の音楽』を読んだ事に因って更に僕のアタマの中でぐるぐるとかき回されて、それらのイメージがたっぷりと混じり合ってしまった気もしている。


 しかし、実のところドビュッシーもメーテルリンクも1862年生まれ。エンネルとの年齢差は33歳も有って、実際はまるで親子ほどの差だ。ドビュッシーが17歳の少年の頃、『牧歌』は世に発表されたんだもの。この事からも明白な様に、エンネルの『牧歌』でドビュッシーが聞こえて来るのは、あくまで僕が持つイメージなだけであって、1879年当時のエンネルはドビュッシーの音楽など未だ知る由も無い。メーテルリンクも、もちろん『ペレアスとメリザンド』を出版などしていない。それが世に出されるのは1892年の事だから。

 一方で、その反対方向側からを想像してみると、果たしてドビュッシーは『牧神たちの午後の前奏曲』や『ペレアスとメリザンド』を作曲する以前に、エンネルの名や作品を目にする機会が有っただろうか。彼はマラルメのサロンに出入りしていた。マラルメと付き合いがあった画家は、マネやルノワール、モリゾなどどちらかと云えば印象派とそれに近いグループ。アカデミーの画家と云われたエンネルとは、どうだったろうね。



 サロンの画家としてのキャリアを重ねる内、エンネルの画風は変化し、『牧歌』を見る限りにおいて、その画面には新古典主義やロマン主義の面影はもはや見えない。それは、シャヴァンヌやモローが主だった流派に分類されないのと同様、エンネルも独特の似た空気感を持っていると僕には思えた。いや、正直に云ってしまうと、後進として、シャヴァンヌやモローに影響を受けたが上に象徴主義的な方向付けをしていたのでは?と、勝手なことまで考え、思いを巡らせていたと告白しておきましょう。エンネルはローマ賞まで受賞したアカデミスムの重要作家。ここんところが、僕が図録などから得た知識が記憶よりすっぽり抜けて消え去っていた・・・。今回は、とどのつまりそんなオハナシでした(^^ゞ。


 だけどねぇ、最後までしつこいんだけど、エンネルとドビュッシーってなんか繋がってる様な気がやっぱりしちゃうのは、この絵のタイトルのせいでもあるんですよ。

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◆エンネル / 『栗色の髪の少女』
 山寺 後藤美術館蔵

 今回このページに載せたエンネル作品では一番にロマン派的なタッチかな。ゲーテの『ファウスト』に主題を採ったとされるアリ・シェフェールの『糸巻きのマルガレーテ』(1831、ロマン派生活美術館蔵)の少女の表情を思い出させるもの。

 山寺後藤美術館コレクション展の図録に拠ると、この絵のフランス語のタイトルが『Fille Aux Cheveux Marrone』(栗色の髪の少女)。ドビュッシーのあの有名曲は『a Fille Aux Cheveux De Lin』。栗色と亜麻色って、色の違いは有るんだけど、さ(^^;。



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コメント 5

Inatimy

『牧歌(Eglogue)』という絵は今どこにあるんだろう。プチ・パレのサイトでは見つからず・・・。Wikipediaにはオルセー美術館とあったから、そこで探してもヒットしなくて。
そんなことをしているうちに、オルセー美術館のサイトのコレクションでJean-Jacques Hennerで検索すると、”Mélodie du soir”というタイトルで、似たような作品がありました。ちょうどTaekoさんのところで見た『Idylle(田園風景)』の女性たちのポーズでに近くて、『牧歌(Eglogue)』と足して2で割ったような。
ジャン=ジャック・エンネル美術館のサイトでは、コレクションに”ÉGLOGUE”1879という絵も発見。yk2さんが紹介されてる『牧歌(Eglogue)』とはまた違っていて、左の笛を吹いてる女性が立って演奏しているもの。なんだか、あれこれ場所・背景、女性のポーズで構想を練った結果、3枚の絵が生まれたような感じ^^。
可愛いと思ったのは「アルザスの娘」だなぁ。全く絵の雰囲気が他と違ってて、これにびっくり。
by Inatimy (2024-03-14 00:02) 

Inatimy

リンクつけた方が分かりやすいですよね。うまく見られるかな。

"Mélodie du soir”(オルセー美術館):
https://www.musee-orsay.fr/fr/oeuvres/melodie-du-soir-75185

"Idylle"(オルセー美術館)1872頃:
https://www.musee-orsay.fr/fr/oeuvres/idylle-20608

"ÉGLOGUE" 1879(ジャン=ジャック・エンネル美術館):
https://musee-henner.fr/collection/objet/eglogue
by Inatimy (2024-03-14 07:02) 

TaekoLovesParis

エンネルの「牧歌」、静かに笛の音が流れる落ち着きのある水辺。ミステリアスな女性2名。水の精かしら?と眺めてるうちに、タイトルの「牧歌」という文字からの連想か、私もドビュッシーの「牧神たちの午後」の冒頭の美しいフルートのメロディが浮かんできました。
私が、エンネル美術館で見た「田園」と大いに違うのは、絵の中央に池があること。

yk2さんは、「牧神の午後」で聞こえたドビュッシーから、「ペレアスとメリザンド」にまで思いが発展していったのですね。たしかに、この長い髪の毛はメリザンド!しかもオペラの中で、塔の上から長い髪を垂らし「この髪を伝わってこっちに来て」と髪の毛の縄梯子で、メリザンドの神秘性が表されていたし。

さらに、髪の毛つながりは続き、「亜麻色の髪の乙女」とyk2さんの
豊かな発想。ドビュッシーの曲は、語り掛ける雰囲気があるので、聴いていると絵が浮かんでくるけど、作曲したドビュッシーもエンネルの「栗色の髪の少女」を思い浮かべたのかしら。エンネルは当時有名な画家だったのだから、大御所の絵ということで見る機会があったかと。

☆『アベルの死体を見つけるアダムとエヴァ』、見たことがある、と思ったけど、横浜美術館でだったんですね。ここからスタートして、
シャヴァンヌ風だけど、ちょっと硬い象徴的な絵へと徐々に変遷。長い画業を感じました。
by TaekoLovesParis (2024-03-15 11:15) 

yk2

◆inatimyさま:

プチ・パレ所蔵作品リストに見当たらなかった?。日本の公立美術館では時々作品の管理管轄替えみたいなことも有るそうだから、もしかしたらだけど、エンネル美術館にまとめちゃったりしてるもかな?。エンネル美術館自体、作品を統括管理しているのはオルセーみたいだよね。いなちゃんがリンクを紹介してくれてる作品、例えば『Mélodie du soir』って作品も、オルセーの所蔵品リストで紹介されてはいるけど、オルセーに在るんじゃなくて、保存館はエンネル国立美術館になってるよね。

作品のタイトル、画家にとっては同じテーマで描く作品は多少構図が変わっても、作品に通底するものが一緒だと同じタイトルを付けたくなるのかもね。エンネルの頭の中には彼の思い描く『牧歌』のストリーが有って、作品はそれぞれ一場面一場面に過ぎない、みたいな。それに、画家がタイトルを特に付けていなかった場合は後生の人が名付けて、それが広く世に伝わってしまうケースもあるし。だからね、今回僕がこのエントリで紹介している絵画も、もしかしたらエンネルの命名じゃない作品が含まれるかも。例えば、最後の『栗色の髪の少女』なんて、見たまんまだものねぇ・・・。関西の人なら「ヒネリなさい!」とか、ツッコミたくなる?(^^;。
by yk2 (2024-03-23 09:54) 

yk2

◆taekoねーさん:

さて、今回の春パリ滞在でねーさんはエンネル美術館を再訪されますでしょうか?。建物、ゆっくり隅々まで鑑賞出来ると好いですね(^^。僕はここで栗色と亜麻色の髪のハナシを少ししましたけど、エンネルは実は赤毛フェチだったみたいですね~(笑)。今丁度開催されている展覧会は『エンネルからソニア・リキエルまで』って、赤毛がテーマの展覧会。企画、ぶっ飛んでますね(^^;。でも面白そう。
※ご参考まで→ https://www.afpbb.com/articles/-/3208836

で、いなちゃんにも書いたハナシですが、最後の栗色の乙女の髪色も、そう思って見ると赤毛だと云えなくもない。この絵、山寺後藤美術館展の図録にも制作年だとか詳細は掲載されていないんです。サロンだとかに出展されず、画家が生前は売らずにアトリエに残しておいた様な作品がその死後、売り立てに出される様なケースはカタログ作成の為に画商が名付けるケースもありますものね。そうすると、今回僕が書いたエンネルとドビュッシーが繋がってるふうに思えちゃう・・・って話も、ハナから成立しないってオチがつくのかな(苦笑)。
by yk2 (2024-03-23 10:18) 

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