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虞美人草 [本]

ポピー_01.jpg

 今回は、藝大美術館で開催される『夏目漱石の美術世界展(会期:2013年05月14日~07月07日)』(http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2013/soseki/soseki_ja.htm)に因んで、漱石の小説『虞美人草』と、そこに登場する花と美術のお話を少々。



 ここ数年、それまではあまり街中で見掛けなかった小さなオレンジ色した花が、随分な勢いでその数を増していると感じているのは僕だけだろうか。その花の名はナガミヒナゲシ(長実雛芥子)と云って、1960年頃から次第に野生化していった帰化植物だ。その名のとおり雛芥子=ヒナゲシの仲間で、ケシ科ではあるがアヘンなどの麻薬成分はいっさい含まれない。今回のエントリのタイトルである『虞美人草』(グビジンソウ)とは、ヒナゲシの別名のことだ。写真のナガミヒナゲシとは厳密には違う花ではあるけれど、それはまぁご容赦頂く(^^ゞとして、与謝野晶子が「ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟われも雛罌粟」と詠んだ歌の中で、情熱的に“火の色”と表現している雛罌粟(コクリコ)もまた、同じヒナゲシの別名なのだ。

 今この時期、園芸店に行くと、シャーレイ・ポピーと云うヨーロッパ産の園芸種が売られている。この写真のナガミヒナゲシの花よりもやや大振りで、白もあればピンクやオレンジ、黄色っぽいものもある。でもやはり、ヒナゲシと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、おそらく鮮やかな赤いそれだろう。かく云う僕も、ヒナゲシと聞いて頭に思い浮かべるのは、先ずは必ず赤だ。例えば、モネやルノワール、カサットら印象派の画家たちが描いた光景にしたって、実際は赤い花以外もちらほらと描き込まれているにも関わらず(※まぁ、描かれているのは花に違い有りませんが、彼らの“花”はイタリア語で云うところの“マッキア”=斑点の様なものですが^^;)、頭の中に残っているイメージとしての花の色は赤一色のみなのだ。

claude-monet_ひなげし.jpg
◆クロード・モネ / 『アルジャントゥイユのひなげし』

※メアリー・カサットの『野原のケシ』はこちらでご覧頂けます→ http://ilsale-diary.blog.so-net.ne.jp/2007-10-05


 一方、漱石がその作品のタイトルとしてイメージした『虞美人草』は、どんなヒナゲシだったのだろう?。実は僕もそうだったのだが、ケシとヒナゲシは非常によく混同され、一緒くたに語られることも多い様なのだ。

 そもそも、虞美人草とは秦の武将・項羽の愛人の名「虞」に由来しているのだと云う。項羽が劉邦との戦に敗れ、もはやこれまでと詠んだ『垓下の歌』に合わせて舞った彼女は、踊り終えると、自ら命を絶ったと云う。その美しさ故に、囚われて、望まぬ庇護を受け、心ならずも生き延びることを拒んだわけだ。その虞が葬られた墓に、以降、雛芥子の赤い花が咲く様になったことから、この花は虞美人草と云う別名を持つ様になった。

 だけども、漱石の作中、明治と云う新時代の“新しい女”の姿として象徴的に描かれているヒロイン・藤尾に、貞節を守る為に愛する男に殉じて自害を選ぶ女性は重ならない。どうも虞の話は藤尾には古くさく思えてならないのだ。ただただ、男女の関係に於いて、自分の選んだ相手と別離し、その意思にそぐわぬ相手と一緒になるくらいなら、いっそ自ら命を絶つと云う共通項を除いては。

 因みに、漱石の小説とは時期が前後するので全く関連は無いかもしれないけれど、彼が留学した英国(滞在は1900年05月~01年12月。『虞美人草』の連載開始は1907年)では、赤いポピーが第一次世界大戦の犠牲の象徴とされているんだとか(※ソースはwiki→ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%8A%E3%82%B2%E3%82%B7)。

また、その花言葉には「恋の予感」、「いたわり」、「思いやり」、「陽気で優しい」、「忍耐」、「妄想」、「豊饒」などが挙げられている。そのどれかと重なる何かを、1867年生まれの漱石は果たしてイメージしていただろうか。



★ ★


 小説『虞美人草』には、藤尾が死して眠る床の枕元に、美しい彼女を美しく葬送するため、漱石の思いつく限りの“美しいもの”たちが並べられる。その中でも、その象徴的なアイテムの1つとして、酒井抱一の描いたとされる虞美人草=芥子花図の銀屏風が登場する。

 逆(さか)に二枚折の銀屏である。一面に冴え返る月の色の方六尺のなかに、会釈もなく緑青を使って、柔婉(なよやか)なる茎を乱るるばかりに描(かい)た。不規則にぎざぎざを畳む鋸葉(のこぎりば)を描いた。緑青の尽きる茎の頭には、薄い弁(はなびら)を掌程の大きさに描いた。茎を弾けば、ひらひらと落つるばかりに軽く描た。吉野紙を縮まして幾重の襞(ひだ)を、絞りに畳み込んだ様に描いた。色は赤に描いた。紫に描いた。凡てが銀(しろがね)の中から生える。銀の中に咲く。落つるも銀の中と思わせる程に描いた。-花は虞美人草である。落款は抱一である。
(夏目漱石著、『虞美人草』より引用)


 抱一だと“される”この銀屏風は、現存する抱一作品に照らすところ、その特徴と合致する絵は見当たらず、どうやら漱石の創作か、もしくは実際に漱石の目に触れていたとしても、それは抱一以外の琳派系絵師の作品の可能性も排除出来ないのではないかと、抱一研究の第一人者である玉蟲敏子先生は論文に書いておられる。そうすると、途端に出自のアヤシイ品の可能性も俄に浮上しては来ないだろうか?(いや、決して漱石先生の審美眼を疑うわけではありません・・・が^^ゞ)。故に、ここでは果たしてどの抱一屏風が実際のモデルであるだろうかは、僕も問わない。

 そもそも、今日の様に、学術的な抱一研究などまだまだ充分に行われていない時代の話。漱石がこの小説を書いた頃には、まだ一般には“琳派”だなどと云う流派の概念は浸透していなかった。光琳派とは、1900年のパリ万博の翌年に、明治新政府が主導して編纂発行した『稿本大日本帝国美術略史』で初めて使われた言葉だ。で、あるからして、おそらくは(当然に?)“江戸琳派”なんて言葉も多分(まだ?)無いだろうわけで。抱一自身は光琳を私淑し、自らを「緒(尾)方流」を汲む者」として位置づけていた様だが、広く一般にその考えが浸透していたとも思えず、代々の雨華庵一門や抱一工房の作品を全てひっくるめて、“抱一”だとか“抱一流”と呼んでいたのかもしれないなぁ~などと、僕は僕で想像してみたりもして。


 漱石の作品では、『門』(1910年)の中でも、かつて父の代には抱一の屏風を所蔵していたものの、自らの代でそれを手放さなくてはならなかった主人公の、江戸の旧旗本的な武家社会的観念(=家)と、明治の新時代のそれ(=個)との間で、移ろい行く価値観についてが、如何にも“隠れ里の文学”と呼ばれるに相応しく、極めて淡々と語られる。

 それを踏まえれば、『虞美人草』の抱一屏風にも、その屏風が敢えて逆さまに飾られるのにも、単に美しさの象徴と云った役割以外にも、漱石は何かしら重要な意味を持たせているのだと考えるのが順当なのだろう。大名や大身しか所有出来なかった抱一ブランド。それが敢えて逆さにひっくり返されているのは、結果的に「新しい女」として、封建的かつ旧時代的な家同士の結婚を拒んだ藤尾による江戸文化的価値観の否定なのか、はたまた、虞の死と藤尾の死に様は、新旧全く反対の意味を持つと云う暗喩なのだろうか。

※逆屏風に関しましては、一部の地域にて実際の葬送に行われている風習なのだそうです。明治以前の江戸では普通のこと(※抱一を持っている様な家では・・・って意味で)だったのかしらん?。pistaさん、教えて頂きありがとうございました。 

★ ★ ★


藤_02.jpg
撮影2013年04月28日

 『虞美人草』のヒロインとしての藤尾の名と彼女の死には、小説の構想の当初からある意味が関連づけられていたが故に、漱石は彼女を「藤尾」と名付けたと云う研究者の説もあるそうだ。それは、新しい女である彼女が、旧態然とした男性社会では全く受け入れられず、むしろ許しがたい理解不能な存在であり、結果として最後には、言わば吊し上げを食う結末(=死)を、漱石は考えていたらしい。その美しく若い女が吊される様を象徴するのが、藤の花だと云うわけなのだ。

 漱石は新時代の知識人として「新しい女」に寛容であるかの様にも思えるが、実は意外に旧道徳に則り否定的だった。弟子の森田草平が平塚明子(はるこ=らいてう)と起こした塩原尾花峠心中行のスキャンダル(1908年)も、森田のらいてう擁護の弁明を一切聞き入れず、「云ふこと為すこと悉く思はせ振りだ。それが女だよ」と語り、ズーデルマン作『エズワール』の女主人公「自ら識らざる偽善者」に明子をなぞらえ、「君が識らなければ僕がさう云ふ女を書いてみせようか」と語ったとか。そうして描かれたのが、漱石の云う無意識の偽善者、新しい女である『三四郎』のヒロイン・美禰子なのだと云う(※出典ソースは、漱石研究第2号 『門』 / 翰林書房刊の内、『三四郎』-結婚商売と新しい女たち-中山和子著より)。


 この辺りの話は、今とても夢中になって次々作品を手に取っている文筆家兼ピアニストの青柳いづみこさんの著作『無邪気と悪魔は紙一重』(文春文庫)のファム・ファタル論の手法で分析出来たならかなり面白そうなのだけど、ここでは、まぁ、脱線が過ぎるので止めておこう。場を改めて・・・と、ここで書いてみたところで、僕のblogの続き物には信用全く無いもんね(^^ゞ。


藤_01.jpg

 藝大美術館で開催される漱石展を前に、『虞美人草』の藤尾をイメージした妖しいまでの藤が花がたくさんに枝垂れて風にそよぐ様をカメラに収められたら・・・。そんなふうに思って写真を撮りに来たのだけど、残念ながら(こちらも予想どおり)もう殆ど終わり近くと云った咲き具合。僕は、藤尾の最期に、どこか狂おしいくらいに艶やかに吊り下がった鈴木其一の藤花図(細見美術館所蔵)を重ねてイメージしているから、これほどスカスカじゃ、ちっともオハナシになりません(苦笑)。

其一_藤花図.jpg
◆鈴木其一 / 『藤花図』




虞美人草 (新潮文庫)

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  • 作者: 夏目 漱石
  • 出版社/メーカー: 新潮社
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漱石研究 (第17号)

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  • 作者: 小森 陽一
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漱石研究〈第16号〉特集 『虞美人草』

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 翰林書房
  • 発売日: 2003/10
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酒井抱一と江戸琳派の全貌

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  • 作者: 酒井抱一展開催実行委員会
  • 出版社/メーカー: 求龍堂
  • 発売日: 2011/09
  • メディア: 大型本


もっと知りたい酒井抱一―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

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コメント 11

micky

ナガミヒナゲシ、最近、よく見ます。うちの庭にも昨年から咲き始めました。今年は2か所で咲いています。「虞美人草」が本当にある花とは思いませんでした。ケシですかー。漱石は、お花にも絵にも詳しかったのですね。
by micky (2013-05-27 01:13) 

pistacci

植えた覚えのないケシが咲いてる(>_<)っと、あわてて抜いてましたが、ナガミヒナゲシというのですね。
ヒナゲシ、だけだと「おっかの上~♪」という声が聞こえてきちゃうお年頃。
アルジャントゥイユのひなげしや、名前は不明だけど薄紫のポピーが好きです。
明治生まれの祖母は、寝るとき枕元に小さな屏風をたてていました。
亡くなったときは、枕元の屏風を逆さにおく「逆さ屏風」という風習があったように思います。
きっと漱石はそれを兼ねているのかもしれませんね。

by pistacci (2013-05-27 18:57) 

Inatimy

展覧会のサイトで展示内容をチラッとのぞいてきました。 『虞美人草』の本の装幀がとても美しくて。オレンジ色の小さなヒナゲシのデザイン、すごく気に入りました。
でも今の新潮文庫の『虞美人草』の表紙には、野にひとつもオレンジ色の花が見えなくて・・・どうしてでしょうねぇ。 
そして、藤。 藤娘を思い浮かべてしまうので、新しい女のイメージが私にはどうも結びつかないけれど、怪しい魅力は納得かも。 藤って欧州で見かけるのは藤棚ではなく、建物の壁や他の木にがっちりと絡んで簡単には離さないような姿。 なので、女性の強い情のようなものが見えてきますねぇ。 
・・・で、夏目漱石の作品、実はあまり読んだことがなくて。 一番最初に読んだのは確か中学入って間もない頃で『倫敦塔』。 私の中ではまさか実物の塔が大きな城塞だとは思いもつかず、グリム童話のラプンツェルに出てくる円筒状のものを想像・・・。 しかも理解力がなく、幽霊が出てくるホラー小説、と怖い印象を受けたゆえ、他の作品を読むこともなかったのでした・・・。
機会があれば『吾輩は猫である』くらいは読んでみようかしら。
by Inatimy (2013-05-29 07:02) 

TaekoLovesParis

いつもながらに写真がきれいですね!
この展覧会のキャッチコピーは、「みてからよむか」だけど、読んでから見た方がいいんじゃないかと、虞美人草を読み始めました。沙翁(シエクスピヤ)という表現には笑いましたが。
友達からこの展覧会の図録をもらったんですよ。そしたら、赤い色が鮮やかな芥子花図の銀屏風が載っていて、?と思ったら、この文章を読んで、抱一ふうに荒井経という人が描いたもの「酒井抱一作『虞美人草図屏風』(推定試作)2013年。文章通りに再現してるとわかりますが、芥子の花の赤は、梅の赤とは違って、オレンジ色っぽいほうが抱一らしいのでは、芳中の「花卉図画帖」の芥子のような方が合うと私は思うけど。でも、まだ本を読み始めたばかり、、読み進めていくと、藤尾さんは深紅のイメージなのかもしれませんね。
「青柳いずみこさんの視点、独特で毒舌で面白いでしょ。「音楽の友」にエッセイぽいのを書いてたり、いろんな雑誌で見かけます。
by TaekoLovesParis (2013-06-02 00:27) 

yk2

コメント&nice!ありがとうございます。

◆mickyさん;

ナガミヒナゲシ、そうなんですよ、勝手にいつの間にか咲いちゃってるの。花自体は可憐なふうですが、その繁殖力と浸食性は大したもので、なかなかの困ったちゃんな外来植物みたいですね(^^;。漱石は花にも詳しかったのかなぁ。でも、そう云えば『それから』の代助を語るシーンでも結構重要なアイテムとして白百合を登場させてましたね。


◆pistaさん:

あはは、僕ね、生まれて初めて買って貰ったEPレコードがリアルタイムでのそれで~す(笑)。まだ小学校に上がる以前の頃で、当時は、ヒナゲシがどんな花なのかまるで知らないでレコードと一緒に歌ってましたが(^^;

逆さ屏風の習慣、実際あるんですね!。教えて頂いてありがとうございます。こう云う事があるから、やっぱりコメント欄は開いておくべきなんだな~と実感致しました(^^。
by yk2 (2013-06-06 00:41) 

yk2

コメント&nice!ありがとうございます。

◆いなちみ~さん:

そうなんだよ、漱石の文章だと赤と紫なんだけど、昔の本の装丁はオレンジ色のヒナゲシなんだよね。漱石は美術好きだけあって本の装丁には一家言有ったそうだから、あの花の色もきっと橋口五葉と相談の上だったと思うんだ。その辺りの話も展覧会や図録の解説に書いてあるのかな?。そんな事をいちいち確かめたくて、この展覧会を楽しみにしてるんだけどね(^^。

書き方が悪かったかなぁ^^ゞ、藤の花が“新しい女”って意味じゃ無くって、藤の花が垂れ下がる風情が、「吊される」を連想するから藤尾って名前。ジャズのとても有名なナンバーに、ビリー・ホリディが歌った『奇妙な果実(Strange Fruit)』って曲があるんだけど、まぁ、そんな物を想像して頂ければ、遠からず、です。

僕もそんなに熱心な漱石読者じゃなかったよ。『こころ』だとか『草枕』とかって中学生で詠んだけど、あんまりピンと来なかったもの。『三四郎』『それから』『門』の三部作が面白いと思える様になったのも、ここ数年のことなんだ。文面に出て来る画家の名前と作品が脳内で一致する様になってようやく、なんです。逆に云ってしまうと、これほど読者に美術の知識を無理強いする小説が、果たして本当の意味で万人向きのベストセラーと云えるのだろうか?って、思っちゃう。今でこそネットで検索すれば情報が得られるけど、昔の読者たちはそんなトコすっ飛ばして、全く理解しないまま詠んでたんだとしか思えないもんね(^^;。


◆taekoねーさん:

『虞美人草』読み始めちゃいましたか(^^;。ねーさんは読み始めると集中力素晴らしくいつも一気に読了されちゃうけど、これはどうだったかなぁ~。ハッキリ云って冗長で、僕は何度も途中でストップしちゃったから。抱一の登場まで何とか辿り着きたい、その一心で読んだ感じですよ。その登場が最後の最後だったから、仕方なく結果的に全部読まされた・・・ってトコです(苦笑)。

青柳さんの書き口、本当に面白くって。『無邪気と悪魔・・・』にはねーさんの大好きな首狩りサロメちゃんも登場するんですが、書き出しからして、思わず「ぷっ」って噴き出しちゃいそうになります。ついつい「くっくっく」とか小さく声に出して笑っちゃいそうで、1人、電車内で読む時は気をつけてこらえてます(笑)。
by yk2 (2013-06-07 01:14) 

バニラ

ちょっと小ぶりのきれいなオレンジの花、道端の植え込みとかでよく見かけるなと思っていたら帰化植物のナガミヒナゲシというのですか。 勉強になりました。 
藤の花の写真、きれいに撮れてすてきな写真だと思いますよ。
たぶん鈴木其一の藤とは種類が違うのではと、思ったり…。
by バニラ (2013-06-09 10:54) 

pistacci

そぅそぅ、コメント欄はあけておいていただかないと~~(*^^)v
よもやま話ができないじゃないですか(笑)

逆さ屏風は、もういまでは廃れているでしょうね。
祖母が大好きでよく一緒に寝ていたので、なおさらいつもと違う逆さなのが不思議でおぼえていたのかも。この記事のおかげで、そんな昔の光景が浮かんできました。
『虞美人草』本屋さんで手に取ったんですが、その長編ぶりにちょっと心が折れました。。。。
ので、「いつか読むリスト」に入れておきました。。。

by pistacci (2013-06-13 01:05) 

yk2

コメント&nice!ありがとうございます。

◆バニラさん:

今この時期は花も終わり、枯れた枝と実が残された状態のナガミヒナゲシを目にしますが、こうなる前に摘まないと、またしっかと増えるみたいですね。花自体は可愛らしいのですが、繁殖力が強すぎるのはちょっとイヤな気もしますね(^^;。

フジの花、そうか、種類が違うのかなぁ~。今までフジの品種についてほとんど考えた事が無かったかも!。来年の花の時期はそのへんをもう少しちゃんとチェックしてみよう。良いヒントを頂いたかも(^^。


◆pistaさん:

そうそぅ(笑)。pistaさんには無縁坂といい逆さ屏風といい、いろいろ教えて頂いてますね。とてもとてもありがたく、感謝しています。僕のblogはと云えば、他のみなさんがあまり興味を持たなそうな話題や私的な事、単に花の写真しかない様な記事ばかりをupしているわけで、皆さんにniceを押して頂いたりコメントを頂戴するのに、少々気持ちがはばかられる事が多いのです(^^;。ですから、ついつい両方とも設定しないで済ませてしまうのですが、こうしてコメントで教えて頂けることがまた新しい興味の扉を開けてくれる事も多々あるわけで、pistaさんはじめ、お付き合い下さっている皆さまには本当に感謝しています(^^。

『虞美人草』はね、賛否両論いろいろ有る作品なので、「面白いですよ~」って素直にお薦め出来ないのが苦しいところ(^^ゞ。説明的に過ぎるところが余りにも長くって。漱石自身も「『虞美人草』うあ厭になった。女(藤尾)を早く殺してしまいたい」なんて物騒な手紙を残しているくらいなんですよ(笑)。でもね、何故か不思議に読後感は意外と悪くないのです。 誰が藤尾を殺したか?(=追い詰めたか)って、サスペンス的に詠むのもアリだそうですから、意外とpistaさん向き?かも(笑)。
by yk2 (2013-06-16 09:57) 

松虫

虞美人草がどんな芥子の種類だったか気になります。候補のシャーレーポピー を今育てています。
町の花屋で見かけた花の名を尋ねたら虞美人草だと花屋が答え、小説の題名にしたと聞いたことがあります。
当時そんな洒落た花が東京の花屋さんで売られていたのですね!
芸大美術館にぜひ行きたいです。
吾輩は猫であるの最終でも、かなり女性や、未来の予測が語られ、現代を予測していたのは流石〜‼️と思います。
by 松虫 (2023-04-29 22:01) 

yk2

松虫さん、こんな10年も昔のお話にコメントして下さってありがとうございます。ポピーを虞美人草だと伝えたお花屋さん、漱石好きなのかなぁ~、なんか楽しいですね(^^。

シャーレー・ポピーはこの頃よく園芸店の店頭で売られていた品種で、僕も2~3シーズン育てました。イギリスのシャーレーと云う産地に因んで着けられた名前だと、ネット上で知りましたがどの位昔から品種として確立して栽培されているのか、歴史までは判りませんでした。

ただ、1867年生まれの漱石は、今丁度NHKの朝ドラ主人公のモデル・牧野富太郎博士(1862年生まれ)と同時代人ですから、まだ植物の品種など、朝顔や花菖蒲など品種改良が江戸の頃より活発だった一部の植物を除いては、あまり細かい分類は一般的ではなかった事でしょう。漱石も日本で見るケシ類と、もしかしたら留学中のイギリスで見たかもしれないポピー(それがシャーレー・ポピーだったかも?^^;)を別物とは捉えていなかったかもしれませんね。

藝大美術館は2013年当時の企画展のお話ですので、今お出かけになっても虞美人草関連の絵が観られるわけではありませんが(ごめんなさい^^ゞ)、過去の展覧会図録が閲覧できるかもしれません。抱一の幻の屏風はきっとこんな作品だった?と云う着想で現代の作家さん(※東京藝術大学准教授の荒井経氏)が虞美人草図屏風を描かれていました。松虫さんの「どんなポピーだった?」と云う疑問から興味を持たれてご覧になると、なかなか面白いかもしれませんよ(^^。
by yk2 (2023-05-01 12:30) 

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