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『パリスの審判』 / ルーカス・クラナッハ [ART]

クラナッハ父_パリスの審判.jpg

 今年の1月、新年用にblogのトップ画像に使っていたこの絵。blog友のinatimyさんから「誰の何て作品?」と、説明を求められて、「その内にね~」などと勿体振ったまま無責任に何もせずほったらかしにして早半年(^^;。今さらだもの、きっとすっかり忘れてるだろうと期待してた(爆)のに、逆にまだですか~?と催促されてしまったので、そろそろ観念してこの絵の話をしましょうかね(^^ゞ。




 昨年の暮れも押し迫っていた頃、来年は午が干支なのだから、何かしら馬の描かれている絵をトップに使いたいなと考えていた。何冊も展覧会図録をパラパラめくって、あれやこれやと検討を重ねた結果、馬の表情が一番にユニークに思えたクラナッハ(父)の、この『パリスの審判』を選んでみた。主役のパリスが三美神を目の前にしながらもすっかり眠っちゃっている、なんともトボけた、妙な可笑しさがある絵でしょ?(^^。

 作品全体画像は以下にご覧頂くとおり(※このページの画像をクリックすると、全てが拡大画を別ウィンドーで開きます)。

クラナッハ父_パリスの審判.jpg
◆ルーカス・クラナッハ=ルカス・クラーナハ / 『パリスの審判』(1530-35頃) ウフィッツィ美術館蔵

 あの時観ているんだか、ないんだか。かれこれ20年以上経ってしまったウフィッツィ初訪問時の記憶がすっかり褪せてしまったのは兎も角、2008年03~05月に国立西洋美術館で開催された展覧会、『ウルビーノのヴィーナス - 古代からルネッサンス、美の女神の系譜』でも展示されていた作品。残念ながら、その時の僕はティッアーノの『横たわるヴィーナス』にばかり気を取られていたのだろうか(?)、この絵を観たと云う記憶はすこぶる薄く、寝ているパリスにも、まるで性格俳優のそれの様な白馬の流し目(笑)にも覚えがなかった。まぁ、それはきっと、クラナッハの描く女性像が、当時の僕にとっては今ひとつ魅力的に感じなかったせいも多分にあったんだろうとは思うけどね(^^ゞ。僕がクラナッハを面白いと思い始めたのは、ほんのここ数年のことで、雑学知識の中でサロメにはもれなくファムファタルだなんて言葉がくっつく様になってからのことだから。


★ ★


 ところで、この絵の画題である『パリスの審判』には、登場人物たちがそれぞれ持ち物(アトリビュート)によって誰なのかが判別出来る様に描かれるのが通例で、例えば、若き羊飼いの青年がリンゴを持つことで彼がパリスであると示される。ところが、このクラナッハの絵のパリスはとっても変わり種。羊飼いにはまるで不似合いな甲冑に身を包んだ騎士姿で、その手にはリンゴなどどこにも見当たらない上、目を閉じて眠ってしまっているのは一体何故なんだろう?。


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◆ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ / 『パリスの審判』(1634年頃) ウフィッツィ美術館蔵

 こちらはまた別の画家、ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ(本名:ジョヴァンニ・マンノッツィ)の描いたフレスコの円形画(トンド)。マニエリスム的と云うか、まるで現代のイラストやマンガの登場人物の様なタッチの顔立ちで描かれているこの絵も、やはり同じ画題である「パリスの審判」なのだが、登場人物たちはそれと判断しやすい持ち物や衣装を身に着け、あるいはしぐさをしている。

 若々しく美形の羊飼いとして描かれるパリス(トロイア王プリアモスの息子)は手に金のリンゴを持ち、隣に座ってその彼を見つめるのは、ローマ神話の主神ユピテル(Juppiter)の妻で、神々の女王ユノ(Juno)。彼女は女性の結婚生活を守護する女神だそうで、その聖鳥クジャクが足元に描かれている。2人のすぐ背後にいて、パリスの首筋に手をやり、誘惑するかのごとく妖しく指を這わせている(=愛撫している)のが愛と美の女神ウェヌス(Venus)。そしてさらに後ろに、ほんの少しだけ顔が覗いているのが、兜を被った姿の闘いを司る女神ミネルヴァ(Minerva)。ミネルヴァはギリシャ神話のアテーナーに対応するところ、知恵、芸術、工芸、戦略の女神でもある。


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◆ボッティチェッリ / 『パリスの審判』(1485頃)

 ルネッサンスの大巨匠、ボッティチェッリも『パリスの審判』を描いている。これは、パリスがもっとも美しい女神としてウェヌスを選んで、金のリンゴを手渡そうとしている場面。パリスはウェヌスから「私を選べばもっとも美しい女を与える」との言質を得ていたので、スパルタ王メネラーオスの妻ヘレネーを手に入れるわけなんだけど、結果、これがトロイア戦争の火種になった・・・ってのが、このお話の大まかな筋ですわね。


パリスの審判_クラナッハ03.jpg

 クラナッハはこの画題が随分とお気に入りだったみたいで、彼が皇帝マクシミリアンに随行してオランダに滞在した1508年制作の版画を手始めに、長年にわたり何度も繰り返し描いていると云う。上の絵はその内の1作(1528年:メトロポリタン美術館蔵)で、ここではパリスの目は開いている。でも、相当疲れてるんだか、騎士としてはなんだか随分頼りない表情をしてるね(苦笑)。現在クラナッハの「パリスの審判」は画面構成に違いのある8つのヴァージョンが確認されているそうな。とはいえ、その中には工房物も含まれているようなので、クラナッハの『パリスの審判』にはそれ相応の需要があった、ってことなんだろうね。


★ ★ ★


 ここらで話をクラナッハの『パリスの審判』・ウフィッツィ版に戻そう。

 この絵でクラナッハが描いたパリスが甲冑姿で眠っている理由とは?、って話だけど、グイド・デッレ・コロンネ(13世紀シチリア島メッシーナの詩人・歴史家)の書いた『トロイア滅亡史』って本を典拠としているから、なんだって。ドイツでは1477年のアウクスブルク版をはじめ数多くの翻訳が存在し大人気を誇っていたそう。その粗筋に依ると、イーダ山で狩りをしていたパリスは道に迷い、馬を木に繋いで休息を取る。疲れ果てていた彼はやがて眠りに落ち、夢を見るんだ。その夢の中に、ローマ神話に登場する12人の最高神の内の一人、商人や旅人の守護神・メルクリウス(Mercurius)と三美神が現れ、彼はその女神たちの内で誰が一番に美しいかと問われるのだが、パリスは何故だか(?)女神たちにそれならば裸になる様に、と求めるのだった(^^;。

 コロンネの『トロイア滅亡史』では、ギリシャ神話由来のこの物語に騎士道文学の伝説的な色合いと道徳的な性質を合わせ持たせているんだそうで、それはザクセン公マクシミリアンの高貴な家柄が、トロイアの戦士ヘクトルの息子フランクにまで遡れることをほのめかしているんだって。その一方でこの主題は、中世の物語のシニカルな道徳的訓戒をも含んでいて、「強い」と見なされる男性でも時には間違った選択を行うものだと云うこと、そしてその結果として引き起こされる誤りの原因は、そもそもが我々の軽はずみな行動に起因するのだと示唆しているのではないか、と図録の解説では結んでいる。


 因みに、今回僕がトップに使ったウフィッツィ・ヴァージョンを含め8作が確認されているクラナッハの『パリスの審判』だけど、パリスが目を閉じて眠っているのはこの1作だけみたい。絵の鑑賞者である僕らは、パリスの夢に従って三美神のヌードを眼前にするわけだけど、ふと気がつけば、そんな僕らは逆に絵の中の白馬からジロリと睨まれているのに気付く。コヤツとばっちり目が合う構図になっているのも、でれんと鼻の下を伸ばした世の殿方達に、或る意味、クラナッハは訓戒を与えているのかしらん?(^^;。

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コメント 4

Inatimy

ローマ神話にギリシア神話、さらにはトロイア滅亡史と込み入ったお話ですね〜。 読んで2日ほどあれこれ考えててコメント遅くなりました・・・。 パリスは王の息子なのになぜ羊飼いなのかしら、とか気になっちゃって。 災いを引き起こすからと捨てられ、羊飼いに拾われたんですね。
Wikipediaの「黄金の林檎」で読むとパリスはスゴい美男で公正な判断が出来るとゼウスが選んだ男だという話もあるのに、私を選んでくれたら・・・の誘惑に負けちゃってるし(笑)。 夢だから何言ってもいいかなって裸になることを要求するパリスも可笑しくて。
三美神と言われる女性も、欲望を揺さぶるような約束をちらつかせて自分を選ばすなんて、美しさは見た目だけでいいのかしらねぇ。 心の美しさは後回し? 神さまの世界も、案外ドロドロしてますね。
ふふ、空に弓矢を持つキュービッドがいるのは、母神のヴェヌスの応援かしら。
結局、この絵画の中では一番の脇役の馬にスポットライトが当たって2014年の主役に抜擢された訳ですね^^。 
クラナッハ(父)の絵、どこかで見たことがあると思ったら、オランダのクローラー・ミュラー美術館。 "Venus with Amor the honey thief"で、ヴェヌスとハチにたかられてるキューピッドが描かれてるものでした。 蜂蜜まで盗んじゃうとは。
・・・と、まとまりのない文章でスミマセン。
ちゃんと記事で解説してくださって、ありがとうございました^^。
by Inatimy (2014-07-22 05:03) 

TaekoLovesParis

「パリスの審判」は、いろいろな所で出会う有名な絵ですね。ルーベンス、ルノアール、、、などのもあるし。yk2さんが馬に注目して選んだせいか、私もパリスが眠っているのは、初めて見ました。構図違いが8つもあるんですか。いろんな所で目にするのも道理で~です。でも、眠ってるのは一枚だけとは貴重ですね。
「パリスの審判」、ボッティチェリのが、従者もキューピッドもいないので単純。一番、お話がわかりやすいです。この時代には、まだ裸になって、のお願い(命令)は加わってなかったのね。
<「強い」と見なされる男性でも時には間違った選択を行うものだ>→なるほど~面白いですね。絵の構図は、それぞれの時代に合うように作られるんだな、ってわかりました。

2011年春、ルーヴルに行ったとき、「クラナッハの三美神を新規購入しました」という絵の写真入りの立て看板が至る所にあったんですよ。個人所蔵だったのを寄付でお金を集めてルーヴルが買ったんですって。「モナリザ」「ニケ」と並んでルーヴルの看板になるだろうって。
三美神だけだから、縦長の絵です。マニエリズムだから、細身で着物をきせたら似合うような、なよっとした体型の3人の女神たちは、遠くからでも目にはいりますね。

by TaekoLovesParis (2014-07-23 09:58) 

pistacci

西洋画をみるとき、ギリシア神話と聖書への理解がないとわからないとは思っていました。そして、お話のキーとなるものが一緒に描かれている。
ライオンだったり、裸身に矢が刺さっていたり。
パリスの場合は、リンゴと三人の裸身の美女ね。これでもう一つ、覚えることができました。

パリスの審判には、エピソードだけでなく、その背景に道徳的訓戒も含まれている・・・深いですね~。
そうなんです、時には間違った選択、しちゃうんです。
だれでも、『なんでこんなことしちゃったんだろぅ』的なミスはおかすんです。
人の本質は欲に支配されている、のでしょうか?
こんなに古から戒められているのに、いまだに学ぶことなく繰り返しているのね・・・。

・・・資料の検証など大変でしょうけれど(朝飯前?)またいつか、こういう記事をたのしみにしていますね♪
by pistacci (2014-08-09 23:10) 

yk2

コメントのお返事が大変遅くなりごめんなさい(^^ゞ。

◆いなっぴー :

こんな具合の記事でご満足頂けましたでしょうか?。多分、いなちゃんもこの流し目馬(笑)に興味があったんでしょ?(^^。

この記事ね、最初はもっとギリシャ神話の他の題材も含めて色々描いてたんだけど、結局途中で収拾付かなくなって「パリス」だけに絞らせていただきました。ざっくり切った残りをバルテュスとナルシッソスの関係なんかでまとめようと下書きに残してあるんだけど、イマイチ進まないんだよね~。もうとっくに展覧会も終わっちゃったし(苦笑)。

>神さまの世界も、案外ドロドロしてますね。

まぁ、ギリシャ神たちは現代日本人である我々の道徳観では理解できないこともたくさんだよね(^^;。例えば『エウロペの略奪』」のゼウスなんてさ、エウロペを誘拐してあちこち中散々連れ回して、結果、行った先を全部ひっくるめて彼女の名前を付けてヨーロッパ大陸・・・だもんねぇ(笑)。


◆taekoねーさん :

taekoねーさんは首狩り族・・・じゃなかったサロメちゃん大好き!(笑)なので、クラナッハはとてもとても身近に感じる画家でございますわね((((((^^;。僕はそもそもクラナッハの絵に描かれる女性って、なんだかすっごく倒錯的に妖しく見えて(=デカダン的ってことかな)、どうも得意でなかったんですが、今ではすっかりねーさんの影響でサロメちゃん・・・と云うか、クラナッハの描く女性に惑わされてしまってますね(笑)。

強いとみなされる男性も時には・・・って、基本オトコは一時の感情や欲望に流されやすいですからねぇ。特にパリスの様な色男は誘惑される機会も多く、そもそもが間違えやすい?(^^;。


◆pistaさん:

ギリシャ神話とローマ神話と、そこにまた聖書や古典文学なんかも混じるので、本当に解らなくなりますよね。この記事を書いたあとで、「イーリアス」でも読んでみようかしらん・・・なんて考えたのですが、只でさえ買っだだけで“積ん読状態”で放置されている本が他にいっぱいあるので、一旦やめておきました(苦笑)。

>『なんでこんなことしちゃったんだろぅ』的なミス

まぁ、それが治らない・・・ってのが、哀しいかな「人間」なんでございましょうか。少なくとも、僕は「なんで読まないのに本買っちゃうんだろぅ」的な無駄遣いを何とかしたいです(苦笑)。

by yk2 (2014-09-05 18:58) 

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