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くるみゆべし [思ったこと感じたこと]

 お彼岸の3連休のなか日、母に頼まれて運転手。行く先は母方の墓の在る川崎市津田山の霊園。ここには数年前に他界した伯母が永眠している。

 僕の祖母は、戦時中の空襲で命を失ってしまったんだと、僕がまだ小さかった頃に伯父から聞かされている。逃げ惑う混乱のさなかで、切れた電線に触れて感電してしまったが為に、と。その時、祖母の背中にはまだ幼かった母が負ぶさっていたそうで、従姉で、すぐそばに住んでいた伯母(※ややこしいけど、伯父と伯母はいとこ同士の結婚でした)が駆けつけてくれ、ショック死しかけていた母を助けてくれたそうなのだ。

 そう。僕はその時に伯母が母を救ってくれなければ、この世に生を受けることも無かったってわけ。




  そうして母を失った僕の母は、9つ違いの伯母を母親代わりに育った。だから、伯母は僕にとっても祖母のような存在で、実際、幼い頃は本当のおばあちゃんなのだと勘違いしていたくらい。残念ながら伯父伯母夫婦は子どもに恵まれなかったこともあり、僕は本当に可愛がってもらった。穏和で優しい、大好きな伯母だった。


 その伯母のお墓参りの帰途、立ち寄った食料品店で、ふと、くるみゆべしが目に入って来た。

 生前、伯母が仙台からよく取り寄せていた懐かしいお菓子。元々はあちらにお住まいの方からお土産で頂戴したものだったのだが、偶々遊びに行った僕が口にして、「とっても美味しいね、これ」と何の気無しに云ったせいで、1年に2度も3度も取り寄せるようになってしまった。そう云っても、伯母は50歳過ぎからひどいリウマチの病魔に襲われ、そのせいで内臓も悪くしてずっと入退院を繰り返していた身。自分ではほとんど食べられないというのに、僕が喜ぶと思って何年も取り寄せ続けてくれていたわけなのだ。

 もちもちとしたゆべしに滋味溢れる香ばしい胡桃の実が包まれて、口に含むと黒糖の素朴な甘みがじんわり広がる。なんとも、ほっとするような優しい味がしたものだった。


  伯母が他界して1年程経った頃、何かの拍子にそのくるみゆべしが無性に、どうしても食べたくなって、製造元のようけん堂さんをネットで調べてみたことがある。仙台の駅ビルにも出店している、地元では結構有名なお店だと聞いていたから、手軽に取り寄せられるのでは?と考えたのだ。ところが、残念なことに、どうやら既に廃業されてしまったらしいのだ。あのゆべしがもう二度とは口に出来ないのだと判ると、僕は心底がっかり落胆してしまった。

 それ以来、諦めきれずに、時々思い出したように他のくるみゆべしを買ってみるのだけど、やはり記憶の中にある、慣れ親しんだ味とは何かが違う。決して、それが美味しくないわけじゃないけど、思い求める物とは一致しないのだ。

 それでも、この日も、もしかしたらと思って、目に飛び込んで来たそのくるみゆべしを買い求めてみる。

 もうちょっと生地は固めでしっかりしてたかな、これは柔らかいね
 黒糖の味も、もっとしっかりコクがあったような気がする
 これは、本当だったら嬉しいことかも知れないけど、胡桃の実の割り方が大きすぎるね

 結局はこの日のゆべしも、あのようけん堂の味とはどこか違って思えた。

 「なかなか、あの味には出会えないもんだね」と、ひとり伯母に話し掛けてみる。


 何の飾りもない素朴なお菓子だけど、懐かしく、僕には決して忘れられない味なのです。


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やっさいもっさい

はじめまして、私は現在千葉在住ですが、8年前山形に住んでいたので
「くるみゆべし」を見ると、当時の事を懐かしく思い出してしまいますね。
by やっさいもっさい (2007-10-01 21:50) 

TaekoLovesParis

yk2さん、ベルト・モリゾ展にいらしたかなぁ?と訪問してみれば、
いきなり、シンプルに「ゆべし」だけが現われました(笑)
私もゆべし大好きで、時々買っています。小さい頃は小豆が嫌いだった
ので、和菓子は、すあま、調布、鮎、ゆべしの類でした。

お母様は、まさに「九死に一生を得る」だったんですね。
おばあちゃまがわりの叔母さまが、yk2さんの喜ぶ顔が見たくて、
ゆべしを取り寄せてくださる気持、よーくわかります。
もう同じのが食べられないと、ゆべしを懐かしむ気持と、叔母さまを懐かしむ気持が重なって表現されていて、いいエッセイですね。
私は日常生活の機微をさらりと、こんなふうに書けないから、余計、お上手だなぁ、と感心しました。
by TaekoLovesParis (2007-10-01 23:30) 

pistacci

ゆべしはシンプルなだけに、お店により、作る人により、味が違いますね。
おば様の存在も、ゆべしの味に加わっていたのではないのでしょうか。
私にとっては、うなぎが、想い出の味ですが、同じお店で、同じ職人さんが焼き続けていますが、祖母が注文してくれた時の味とは、どこか違う気がします。
ちなみに、わたしのお気に入りゆべしは、福島産です。
by pistacci (2007-10-02 00:05) 

newyork

読み終わった後の静けさに浸っていました。美しい物語です。ジーンとしました。思い出の中のくるみゆべし、思い出の中での味は世界で1つの味ですね。
by newyork (2007-10-02 09:34) 

シェリー

なんだかちょっぴり切ないけれど温かいお話ですね。
うちの母なんかは、1回誰かが『美味しいね』っていうと
次からそればっかり買ってきて、皆がいい加減飽きちゃって
苦情いわれてたりしてるんですが・・・
え!?私こんなの好きって言ってたっけ??なんて、自分でも
すっかり忘れてるようなこといつまでも覚えてたり・・・
でも、そんな風に想ってくれる存在がいるということは
とても幸せなことなんですよね。

いつか想い出の味に出会えるといいですね。
by シェリー (2007-10-02 12:42) 

バニラ

家族の料理担当係としては「おいしいね」という言葉には過剰に反応してしまうんですよね。それがかわいい孫(厳密には違うけどね。)だったらなおのことでしょうね。わたしの祖母もわたしがシュークリームが好きって一度いったために遊びに行くといつもシュークリームを用意してくれたことを思い出しました。
ゆべしは大人になってから知ったお菓子です。 
by バニラ (2007-10-02 22:57) 

yk2

やっさいもっさいさん、はじめまして。
ご訪問ありがとうございます。

くるみゆべしは東北各県で作られているようですね。やはり山形にお住まいの頃は時折召し上がって居られましたか?。各県各地域でゆべしにもそれぞれ特徴はあるのかな?。調べたら面白そうですね。
by yk2 (2007-10-02 23:56) 

yk2

taekoさまー、こんばんは。

ねーさんは良く知って居られると思うのですが、僕がこの手の話を書いた時はコメントやnice欄を外しちゃうのが常なのですが、今回うっかりそのままupしてしまいました。皆さんにこんなコメント頂いて嬉しいのですが、ちとハズカシイ・・・(苦笑)。

それにしても、小豆もダメだったんですかぁ~?。お母上はホントにねーさんの好き嫌いに対して甘甘だったのですね(笑)。
by yk2 (2007-10-03 00:03) 

yk2

pistacciさん、こんばんは。

うふふ、今回食べたのが福島のゆべしです。胡桃がたっぷりで、これはこれで美味しかったんですけどね。

pistaさんの思い出の味はお祖母さまの注文して下さったうなぎですか。やっぱり忘れられない味には嬉しかったことや楽しかったことの記憶が一緒に刷り込まれるから、単純に食べ物の味だけでは同じ感動は味わえないのかも知れないですね。今度出来たら、pistaさんのうなぎにまつわる思い出もお聞かせ下さいませ。
by yk2 (2007-10-03 00:18) 

yk2

newyorkさん、こんばんは。

newyorkさんにコメント頂くと、返信は出来ることなら音楽に因んだお話で返したいと思うのですが、そんなふうに思っていたら、ふいに「赤とんぼ」がピアノの音で頭に浮かんできました(^^。簡潔だけど、しみじみ染みるようなあのメロディとゆべしの素朴な味って、同じ郷愁をそそる何かがあるように思えません?。日本人ならではのものだろうけど、いつかnewyorkさんのピアノでアメリカの人たちにも、そんな日本の郷愁を伝えてあげて下さいな。でも、ゆべしは食感が変わってるから、アメリカ人食べられるかなぁ・・・。先ずは手近なドイツ人さんで是非1度実験を(笑)。
by yk2 (2007-10-03 00:59) 

yk2

シェリーさん、こんばんは。

ウチの叔母もそんなもんでしたよ。下手に「これ、おいしいね」なんて云えないの(笑)。シェリーさんのお母様と一緒です。

でもね、そんな同じ物の繰り返しこそが、思い出としてしっかり残るものなのですよ(^^。だから、そう思っても、おかあさんに苦情なんて言っちゃダメ(笑)。
by yk2 (2007-10-03 01:10) 

yk2

バニラさん、こんばんは。

うふふ、バニラさんは「美味しい」と云われちゃうと続けちゃうタイプですね(笑)。

ここまで書いて思い出しました。
昔、ウチの母もチーズケーキ焼くのに凝って、一度美味しいって云ったらずーっと作ってたもんなぁ(笑)。

バニラさんのお祖母さまも、「明日はバニラが来るからシュークリームを買いに行かなきゃね」なんて、ニコニコしながら毎々お買い物に行かれたことでしょうね。小さな孫が喜んでる顔を見るのは、何より嬉しかったでしょうから。
by yk2 (2007-10-03 01:27) 

c-d-m

与えられて喜んでいた者が与える側になったときに
喜びと云う思いはまた変わるものですね。
例えそのときと全く同じものを食べても、味わいは違うのかもしれません。
一期一会とはそういう積み重ねなのかも知れませんな。
by c-d-m (2007-10-05 04:13) 

yk2

cdmせんせ、コメントありがとうございます。

一期一会などと、言葉ではどんなものか頭に浮かべる事も出来ますが、その真意を理解し、心からの思いで人とそう接するのはとても難しいことですよね。

せんせのお話で、ああ、そうだったのか、と感じ入りました。

たとえば、バニラさんのお祖母さまが孫娘を喜ぶ顔が見たい、ただ、それだけの為にシュークリームをいつも用意されていたこと。それって、無意識の内に行われていながら、結果として毎々が本当の一期一会だったのだなぁ、と。

今回のせんせのお言葉は深いなぁ~^^。
by yk2 (2007-10-06 23:21) 

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